月間平壌レポート  2002.8

渾然一体の5日間

市民の日常を変えた総書記のロシア訪問


 【平壌発=金志永記者】朝鮮半島情勢が大きく動き出す兆しが見えてきた。7月末、ブルネイで白南淳外相が米国のパウエル国務長官、日本の川口外相と相次いで会談を行った。

 米国大統領特使の平壌訪問問題が浮上し、朝・日外務省局長級、そして赤十字会談が開かれた。北南関係では釜山アジア大会への北側選手団の参加など一連の合意がなされ、8月15日の光復節にはソウルで初めて民族共同の統一行事が行われた。どの出来事も平壌市民にとっては大きな関心事だったが、それ以上に彼らがもっとも注目したのは、20〜24日にかけての金正日総書記のロシア極東地域訪問だった。

職場ごとに決起集会

総書記のロシアからの帰国を祝う平壌市民たち

 20日の朝、工場、企業所に出勤した市民たちは、総書記のロシア訪問の事実を知り決起集会を開き、訪問期間中の業績アップを目標に掲げた。省、中央機関を含めすべての職場で同じような集会が行われた。

 昨年8月、総書記のモスクワ訪問に随行した李光濠科学院院長は、集会の意味について次のように説明した。

 「リーダーが国家と人民のために精力的に活動しているのに、私たちが安易な生活を送ることは許されないでしょう」

 新聞、テレビは総書記のロシア訪問を連日、トップニュースで伝えた。国家指導者に関するニュースが、市民たちの間で交わされる最初の話題になった。

 25日正午、テレビで総書記が帰国したという特別報道が流れると、市内は祝日の気分に包まれた。

 チマ・チョゴリ姿で広場に現れた女性は、総書記のロシア訪問期間中、毎日早朝6時から自宅アパート前の道路を他の住人たちと共に清掃したという。

 「家庭でも同じでしょう。アボジが海外に出張すれば残った家族が全員で家の事に責任を持ち、アボジが帰って来る日にはごちそうを準備して待つ。私たちにはこれが一般的なのです」

行動する指導者への信頼

 ウラジオストックで行われた総書記とプーチン大統領の会談では、朝ロ関係の発展と「共同の関心事となる重大な国際問題」について意見が交わされた。とくに朝鮮半島の鉄道とシベリア横断鉄道を連結する問題などで「成果」があったという。冷戦時代の枠組みが残る東アジア地域の国際関係は、大きな転換期を迎えようとしている。

 平壌の人々は、総書記のロシア訪問を国内における現地指導の延長として見ている。他国では大統領や首相の外遊は休息を兼ねた旅行となるのが常であるが、総書記は過密なスケジュールをこなし、工場や軍施設など多くの対象を休みなく見て回った。人々は、総書記の外国訪問を「野戦式」と表現する。

 「苦難の行軍」の90年代後半、総書記は人々が「野戦服」と呼ぶジャンパー姿で全国の工場、企業所、そして人民軍部隊を視察した。最悪の経済状況下で生活難に苦しむ人々にとって、「行動する国家指導者」の姿は試練克服の可能性を見出すことのできる唯一の希望だった。

 総書記の帰国後、今回のロシア訪問の詳細な内容を伝えた労働新聞は、「苦難の行軍」時期に総書記が掲げた「軍事重視路線」が「すべての勝利の根底にある」と指摘した。「敵対国の封鎖を打ち砕き、社会主義を守り抜いた苦難の行軍の勝利も先軍(軍重視路線)の結果であり、朝鮮の国際的威信を証明したロシア訪問の衝撃も、それによってもたらされるものである」。

「自分の目標に向かって」

 今月、ソウルでの8.15民族統一大会や平壌で行われた一連の朝・日会談を現場で取材した。南朝鮮や日本の記者の見解によると、「北の積極的な外交戦略、対話路線」の背景には「国内経済の危機的状況」があるという。ブッシュ政権の強硬路線がもたらした「変化」と分析する者もいた。

 しかし、平壌市民たちはまったく違った見解を持っている。彼らがいう「変化」とは、自らの力で勝ち取ったものだ。最近実施された生活費および価格の調整など経済管理システムの改善策も「苦難の行軍」の終結によって実現した経済復興政策の一貫として肯定的に受け止められている。

 朝・日会談の現場で会った朝鮮外務省の関係者は、外交面での「変化」について次のように指摘した。

 「ロシア訪問前日の19日、南では米軍主導による乙支・フォーカスレンズ合同軍事演習が始まった。対話の雰囲気を打ち消しかねない無謀な戦争策動だ。世界は朝鮮の選択を注視したはずだ。翌日、金正日総書記はロシアに向けて出発した。どんな威嚇や圧力にも動ずることなく、目標に向かって前進する、それが朝鮮外交の真髄だ」

 15日、平壌では大マスゲーム・芸術公演「アリラン」の最終公演が行われた。総書記が公演を観覧した。会場のメーデースタジアムは熱気に包まれ、平壌の夜空に大輪の花火が打ち上げられた。平壌市民にとって「アリラン」の祝砲は、苦難の歴史の厳粛な総括であったに違いない。

 「いよいよ強盛大国を目指す朝鮮の戦略が本格的に始動する時が来た」。4カ月間にわたる公演の舞台裏を支えた「アリラン」準備委員会関係者たちは語る。

 数日後、総書記のロシア訪問が始まった。8月の5日間、平壌市民たちは渾然一体となった。他国に類がないその光景から、「変化」を起こそうという意志と原動力を垣間見た。

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