憲法、国際人権規約違反
小平警察署外国人登録原票閲覧事件(96年)
日弁連の調査報告書(抜粋)
事件名 李美子氏外8名申立事件 申立人 李美子氏外8名 相手方 小平市役所、小平警察署 調査委員会 李美子外8名申立事件委員会 第1 救済措置 第2 申立の趣旨及び申立てられた事実の概要 1 申立の趣旨 1996年9月17日警視庁小平警察署外事課係長中園警部補ら5名の司法警察職員が小平市役所に赴き、出入国管理及び難民認定法捜査のためと称し、同市市民課長秋山和由に命じ、同市が保管している外国人登録(外登)原票を提出せしめ、同市職員らが右小平警察署による違法な提出要求に法務省が定めた外国人登録事務取扱要領にも反して応じ、右原票に記載してある小平市に在住している申立人らをはじめとする外国人の個人の情報を閲覧した一連の行為は、憲法、刑事訴訟法、地方公務員法等に違反する重大な人権侵害であるので、右違法行為を行った小平警察署及び小平市役所に対し、厳重な警告措置を取られたい。 2 申立の理由 (1)申立人らは、東京都小平市に在住する外国人であり、同市に対し外国人登録している者であり、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に基づき特別永住権を有する者である。 (2)小平市には、約3100名の在日外国人が在住しており、右在住者の半数以上は同市小川町にある朝鮮大学校の関係者である。 (3)小平市においては、警視庁小平警察署の司法警察職員が小平市役所に赴き、同市が保管している外登原票を閲覧することが、今回発覚するまで毎年定期的に行われていた。 小平警察署による外登原票の閲覧請求があった場合、市役所側でその都度応じるということは、長年市役所の担当職員の間では前任者からの事務引継事項となっていた。 (4)小平警察署外事課係長中園警部補ら5名の司法警察職員は、例年のごとく予め電話連絡をしたうえで、1996年9月17日午前10時ころ小平市役所を訪れた。 中園警部補は対応に出た同市市民課長秋山和由に対し、同警察署長司法警察員警視佐藤寛作成名義の小平市長宛ての同日付「捜査関係事項照会書」を提示し、同市内に外国人登録を有する外登原票の閲覧をしたい旨申し出た。 右照会書には、小平市に対する照会の根拠規定として、刑事訴訟法197条2項をあげ、照会事項として「出入国管理及び難民認定法違反捜査のため、貴市内に外国人登録を有する者の外登原票を閲覧したいのでご配慮をお願いします。」との記載があり、具体的な被疑者名、被疑事実、罪名として書かれている出入国管理及び難民認定法違反の該当罰条等の特定は一切なかった。 (5)小平市市民課長秋山和由は、同警察署からの外登原票の閲覧請求に対し、同日午前10時ころから午後4時ころにかけて、市職員の立会もないまま、市民課長席横の応接セットにおいて、同市が保管している約3100名の外登原票をケースごと、もしくは約1500人の外登原票送付請求書・同登録原票送付書を閲覧させた。 (6)外登原票には、個人の情報にかかる@登録番号、A登録の年月日、B氏名、C出生年月日、D男女の別、E国籍、F国籍の属する国における住所または居所、G出生地、H職業、I旅券番号、J旅券発行の年月日、K上陸許可の年月日、L在留の資格、M在留期間、N居住地、O世帯主の氏名、P世帯主との続柄、Q申請にかかる外国人が世帯主である場合は、世帯を構成する者の氏名、出生の年月日、国籍及び世帯主との続柄、R本邦にある父母及び配偶者の氏名、出生の年月日及び国籍だけでなく、顔写真も貼付されている。 (7)小平警察署の行為は、適正手続を保障した憲法31条、刑事訴訟法1条、同189条2項、令状主義を定めた憲法35条、刑事訴訟法218条、差別を禁止し法の前の平等を定めた国際人権(自由権)規約26条に違反するとともに、同規約17条、憲法13条に違反し、プライバシーを侵害する行為である。 小平市の行為は、法務省の定めた外国人登録事務取扱要領に反したものであり、プライバシー保護、適正手続の保障に違反する行為であって、憲法13条、同31条に反すると同時に、国際人権(自由権)規約17条、同26条等に違反する人権侵害である。 第3 事件調査の経緯 @1997年3月31日 申立書受付 A2000年11月9日 調査開始決定 B2001年1月 事件委員会選任 C同年3月30日 小平市職員(3名)から事情聴取 D同年7月2日 小平警察署に対し調査に赴く予定通知(7月16日) E同年7月12日 小平警察署長からの回答書(閲覧の事実を認めること及び事実調査拒否の内容) 第4 調査資料 @小平市職員からの聴取結果 A捜査関係事項照会書(平成8年9月17日付小平警察署長司法警察員警視佐藤寛名義のもの) B「市報こだいら」1997年3月20日付1面「市内在住の外国人の方へ」(お詫び) C外国人登録原票の写し D外国人登録事務取扱要領(1992年11月27日付) 第5 判断 1 小平市役所について (1)外登原票の警察官による閲覧は、かつて全国各地で頻繁に行われ、プライバシー上大きな問題があるということから批判が強まった。そのため、1992年11月27日、法務省は、「外国人登録事務取扱要領」なる通達を発し、厳格な取扱を求めるようになった。とりわけ問題の多い、対象の外国人が特定されていない行政機関からの照会請求の場合、「市区町村長は、関係行政機関の公務員からその職務の遂行に当たり対象となる外国人が特定されていないものに係る登録事項についての照会があった場合は、当該照会を行うことに関して職務上の必要性があり、その職務を遂行するに当たって、あらかじめ対象者を検索して原票上の記載事項を調査し、行政上の資料を作成するために不特定の者に係る照会を行うといった合理的な理由が認められ、かつその行政目的が原則として『給付』を目的とするものであるときに限り、これに応じることとする」と要件を絞り、厳格に対処するように、自治体の外国人登録事務担当者に対し、指導通達しているのである。 (2)本件において、小平市役所は、前記「外国人登録事務取扱要領」を遵守せず、「警察や税務署からの請求であれば公益のため必要と」(小平市職員の回答)勝手に判断して、外登原票及び外登原票請求書・同登録原票送付書を閲覧させた。同市では、1986年頃から、年に1回くらい閲覧させていたということであり、今回も取扱要領に反することを知りつつ閲覧させていたものである。 この小平市職員の行為は、前記取扱要領に反するだけではなく、地方公務員の職務基準を定めた地方公務員法13条(平等取扱の原則)、32条(法令等遵守義務)及び34条(秘密を守る義務)、さらには、外国人に対する平等原則、プライバシーの保護、適正手続きの保障、公務員の憲法尊重擁護義務を定めた憲法13条、14条、31条及び99条に違反するものであり、かつ国際人権法上のプライバシー保護規定(国際人権〔自由権〕規約17条)、外国人への差別の禁止・平等取扱規程(同26条)、あらゆる形態の差別の撤廃を規定した人種差別撤廃条約2条1項(a)にも抵触する重大な人権侵害行為である。 (3)しかしながら、小平市は、本件の後、1996年12月には、取扱要領の趣旨を遵守せよという東京都からの指導を受けたこともあり、警察からのものであっても不特定多数に関しての閲覧請求は不適当で不可であるとの判断に達し、それ以降は、取扱要領に従った扱いをしている。そして、1997年3月20日付の「市報こだいら」紙上に市長名で「市内在住の外国人の方へ(お詫び)」を掲載し、これまでの取扱を反省し、お詫びするとともに、今後同様の人権侵害をしないことを誓っている。 (4)したがって、小平市は、本件当時、重大な人権侵害をなしたが、その後反省し、改善されているものと認められるので、要望の措置にとどめるのが相当であると判断するものである。 2 小平警察署について (1)小平市役所職員からの聴取結果などにより、前記第5、1、(1)及び(2)の事実が認められる。 (2)小平警察署は当連合会からの事情聴取の申入書に対し、7月12日付回答書において、「当署員が、事情聴取項目に記載されている日時、場所において、刑事訴訟法の規定に基づき、出入国管理及び難民認定法違反の捜査のため、登録原票送付請求書及び同送付書を閲覧した事実はあります。なお、捜査事項に関する事項につき、事情聴取には応じかねますので、ご了承ください。」と述べている。 (3)小平署が閲覧したと自認する対象の中に、外登原票が含まれていないが、小平市役所職員からの聴取結果からして、小平警察署の司法警察員が同原票を閲覧したことは疑いない。 (4)小平警察署の前記所為は、適正手続を保障した憲法31条、刑事訴訟法1条、同189条2項、令状主義を定めた憲法35条、刑事訴訟法218条、差別を禁止し法の前の平等を定めた国際人権(自由権)規約26条に違反する重大な人権侵害行為である。 (5)しかるに小平警察署は、当連合会の事情聴取申入書に対する回答書において、前記所為は「刑事訴訟法の規定に基づき、出入国管理及び難民認定法違反の捜査のため」と強弁するのみで、反省すらしていない。 (6)したがって、小平警察署に対し、勧告をなすことが相当であると判断するものである。 |