そこが知りたいQ&A
国立大の独立行政法人化とは
朝高生の受験容認には直結せず 文部省の「縛り」むしろ強まる恐れも Q 最近、新聞などで国立大学の独立行政法人化に関する記事をよく見かけますが、いったい何のことですか? すでに昨年4月には国立病院・療養所や陸運局の自動車検査業務、国立美術館・博物館など89機関の独立行政法人化が決まっています。昨年7月には、制度の具体的な内容を定める独立行政法人通則法も国会で成立しました。 しかし昨年9月、それまで反対の姿勢だった文部省が大学の特殊事情に配慮した法律の制定を条件に、独立法人化を容認する方向に転換し、独自案を公表しました。また国大協も昨年末、文部省の示す特例措置など一定の条件を示したうえで容認へと転換しました。 そして文部省はつい先日の5月26日、都内に国立大学の学長らを招集し、99すべての国立大を国から独立した行政法人とする方針を正式に表明しました。 具体的な内容を決めていくのはこれからですが、大きく変わる見込みなのは
(1)これまで国の定めによっていた給与額や予算の使途、授業料などを各大学が自主的に決められるようになる
(2)学科や専攻などを自主判断で設置・改廃できるようになる――などです。先日の学長会議で中曽根文相は「法人化すれば国の規制が緩和され、自主性が大幅に拡大する」と強調しています。 朝鮮学校は学校教育法に定める「一条校」ではなく「各種学校」であるため、法解釈上入学資格が認められないというのが日本政府・文部省の変わらぬ立場ですが、そもそも現行法の枠組みのなかでも国立大学が朝高生に門戸を開放することは可能です。 学校教育法施行規則には大学入学資格について「高校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者」という条項があり、それを根拠に現に過半数の公・私立大学が朝高生の受験を認めています。国立大が踏み切れない背景には、予算を握る文部省の有形無形の強い圧力があります。 国立大が独立行政法人になったとしても、国からの交付金に運営費の多くを頼ることは変わりません。財源を握られている限り物言えぬ立場にあるという状況はそのままです。また法人化の議論が、「国立」という名は残し、教職員の地位も公務員のままでという方向で進んでいることからも、その公的性格の強さは明らかです。 さらに、独立行政法人になると今以上にコントロールが強くなるという指摘もあります。そもそも独立行政法人通則法によると、独立行政法人に対しては、主務大臣が3〜5年単位の中期目標を定め指示することになっています。これに基づき業績が評価され、評価次第では、主務大臣により法人の運命は左右されます。 つまり、運営上の自主権が拡大する分、業績に対する責任が問われることになり、その責任を追及するのが主務大臣(国立大の場合は文相)となるのです。現在の国立大には、こうした形で明文化された「縛り」はありません。 文部省や国大協は特例法などによりこうした「縛り」を形骸化させようとしていますが、まだ先行きは見えません。「大学自治」の観点や「弱肉強食」への恐れから、憂慮する関係者も多いのが現状です。 朝高生の受験資格を求める運動に携わってきた元国立大教員は「独立行政法人化しても文部省の影響力は強く残るはずだし、受験資格の問題では何も変わらない。要は学長や教職員のやる気の問題。今までだってやろうと思えばできるのにやっていないのだから」と言います。 しかし、大学改革の変化の波が、なんらかのチャンスにならないとも言えません。規制緩和の流れをよく見極め、これを好機とするために、受験資格だけではなく教育助成まで視野に入れ、学校教育法制度における朝鮮学校の正当な位置づけを求めて引き続き力強く運動していかなくてはならないでしょう。 なお国立大学の独立行政法人化は、早ければ2002年の通常国会で必要な法案が成立、2003年度から徐々に移行していく見通しだといいます。 (韓東賢記者) |