春・夏・秋・冬

  本紙に連載されている「日本の過去の清算 被害者は訴える」の証言には、字句に表せない怨念と迫力がある。徴用で連行されタラワ島で負傷した劉喜亘氏は、ベッドに横たわりながらも「(日本が過去の犯罪をどう清算するのか)結果を見ないで死ぬことはできない」と執念を見せる

▼第1回目に登場した鄭雲模氏は、かつて本社に勤務していた。握力がものすごく強くて、軟弱な筆者の手を握っては「もっとしっかりしろ」と、よくたしなめていた。その鄭氏が、強制連行の時に生き別れになったオモニの姿を、いまも忘れられず寝付けないという。屈強で、楽天的で、いつも笑いを絶やさなかった鄭氏が、である

▼石原慎太郎東京都知事の「三国人」をニュースで知ったとき、「またか、しょうがないな」と思った。「またか」というのは、彼がこれまでにも「北鮮」とかの朝鮮べっ視発言を繰り返していたし、「しょうがないな」というのは、彼が右翼・タカ派で知られる青嵐会出身だからだ。で、正直に告白すると、そう「思った」だけで、その後、なんらの行動も起こさなかった

▼べっ視された当の朝鮮人として、また誰よりも朝鮮人の権利を守るべき立場の朝鮮新報の記者として、絶対にあるまじき行為だった。繰り返される差別発言に、いつしか鈍感になり、ついには「しょうがない」と諦めてしまったのだ

▼「結果を見るまで死ねない」――。1世の怨念を繰り返し原稿に書いてきた。今後も「結果が出るまで」繰り返し書くだろう。いままで魂が足りなかった分、全身全霊を込めて「結果がでるまで」。(元)

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