ペイオフ全面解禁見直し -内容と背景を探る-
金融システム及ぼす影響勘案
卞栄成
7月末に日本政府は、ペイオフ全面解禁の見直しを検討することを明らかにした。ペイオフとは、金融機関が破たんした場合、1預金者当たり元本1000万円までとその利息が保護される制度のことをいう。ペイオフは今年4月から定期性預金に限って解禁されたが、普通預金や当座預金などの要求払預金(預金者の要求でいつでも引き出せる預金)については来年4月から解禁する予定だった。
ところが、日本政府はその予定を変更して、@当座預金(注1)、A新たに創設する「個人向け決済専用の無利子預金」などを恒久的に全額保護する方向で検討し始めたのである。金融庁は臨時国会に預金保険法改正案などを提出して、強固な金融安全網の再構築を目指すというシナリオを描いている。 監督官庁の検査機能を強化 では、なぜこのような動きが生じたのだろうか。 この点について見る前に、まずペイオフ解禁に賛成している人たちの主な論調を整理しておくことにしよう。 ペイオフ解禁を巡っては、「ペイオフ解禁は預金者や金融機関のモラルハザード(倫理の欠如)を防止するために必要なのだ」という意見が多いようである。この「モラルハザード」論は2つの内容で構成されている。 1つ目の内容は、ペイオフ解禁を延期すると預金者が「自分の預金は100%保護されるので大丈夫」と安心して、危ない銀行にも預金を預けてしまうというものである(預金者のモラルハザード問題)。 2つ目の内容は、ペイオフ解禁を延期すると預金者の金融機関選別というプレッシャーが働かなくなるので、金融機関経営者の緊張感が失われて、いい加減な経営を行うというものだ(金融機関のモラルハザード問題)。 しかし、この「モラルハザード」論についてはいくつか留意すべき点がある。 まず、預金者のモラルハザードに関して言えば、ペイオフを解禁しなくても、経営の悪化した金融機関に対して、多くの預金者は静かな「預金の取り付け騒ぎ」という形で反応してきたのである。 次に、金融機関のモラルハザードに関しては、監督官庁の厳格な検査が行われるならば、ペイオフを解禁しなくても金融機関のモラルハザードを防ぐことはできるといえる。 そもそも、預金者が自分の力で「良い金融機関」や「悪い金融機関」を正確に見極めるのは難しいし、多くの場合金融庁の検査結果などを参考にして金融機関を選んでいるのが現状である。したがって、金融機関のモラルハザードを防止する際に有効なのは、監督官庁の検査機能の強化だといえる。現に、金融庁は「早期是正措置」(注2)をはじめ、金融機関に対する検査・監督を強化している。 中小企業の資金調達困難に このようなことを前提にして、ペイオフ全面解禁の見直しが検討されている背景について考えてみよう。筆者のみるところ、ペイオフ全面解禁が実体経済や金融システム全般に及ぼす影響を勘案して、こうした軌道修正がなされたと思われる。とくに、多くの企業が日常の取引で利用している当座預金が保護されないと、企業間決済に支障を来し連鎖倒産が頻繁に起こるおそれがある。 手形や小切手は裏書を通じて企業間で転々と流通しており、ある企業の不渡りが取引先企業の倒産を引き起こすケースが多いからだ。実際、今年4月から始まったペイオフの一部解禁によって、中小金融機関から大手銀行への預金シフトが促進され、中小金融機関の経営が不安定化しているが、その過程で中小企業の資金調達も困難になっている。 こうした意味で、日本でペイオフを全面解禁したり、実際に発動したりするのは危険である。諸外国でもペイオフの発動は例外的なケースに限られており、決して「グローバルスタンダード」ではない。ペイオフの全面解禁の見直しは、日本経済がさらに悪化するのを防止するという点で、一定の意義を持っていると言えるだろう。 【注】 1)企業が手形・小切手の決済用に利用している無利子の決済性預金。 2)金融庁が国際業務を行っている銀行に対して8%以上、国内業務のみを行っている銀行に対して4%以上の自己資本比率の達成を義務づけた措置。 |