朝鮮の食を科学する(4)

薬念(ヤンニョム)は調味、香辛料の総称

複合の味を演出、料理の味の決め手


 食べ物の味つけに、調味料は欠かせない。

 料理のおいしさを決めるのは、材料の良否であることは言うまでもないが、さらに大切なのは味をつける調味料だろう。

 朝鮮では、料理に味をつけるものを指して「薬念(ヤンニョム)」と呼ぶ。調味料という表現は、一般にはあまり使われない。

 家庭料理はもちろん、焼肉や朝鮮料理に携わる方たちが、この薬念のことについて正確に知っていらっしゃるのか、気になっていることがある。

薬ではない正しい知識を

 一昨年のNHKの夜の番組「ためしてガッテン」で、「韓国では調味料のことを薬念と呼ぶが、その意味は…?」との質問に、ある料理研究家が「調味料は薬なのです!!」とやったのである。これにはびっくりしてしまった。

 少なくともこれは正解ではない。マチガッテいる。薬念と表すので、字の意味をそのまま受け止めて、「薬になることを念ずる」とでも解釈されたのであろうか。もし本場の文献や料理の本を読める人なら、こんな知識にならない。

 この薬念という言葉の意味を正確に知らない人が多いだけでなく、発音そのものも不正確なのである。「ヤンニム」「ヤンギム」などが「本当」の表現だという間違った説明が、各種のメディアに流布している。

 そのように呼んでいる人を決して責めるわけではない。朝鮮語と文字を知らないところから来ているからだ。ヤンニム、ヤンギムは慶尚道地方の方言で、ヤンニョムガがなまってしまっているから仕方がない。しかし、それが正しい言葉と思いこんで、一般化してもらっては、食文化のまちがった理解になりかねない。

 薬念とは、料理に味をつける調味、香辛料の総称なのである。しかも、この表現には変遷のプロセスがある。

 薬塩(ヤンニョム)という表現が本来の字であった。つまり、塩が貴重な時代、薬のような価値を持っていた時代に、単純に「塩」とは呼ばず、「薬塩」と呼んでいたわけである。

 人間の身体には生理的に塩分が必要とされる。人類は海の中から進化してきたからである。その塩を摂る方法が、「食べ物に使うこと」であったのである。食材に塩だけを用いる時代が、世界的に、おそらく相当長く続いたとみてよいだろう。

 ローマ時代、官吏の給料は塩で支払われた。ラテン語で塩のことをサラリウムと呼ぶ。これからサラリー、サラリーマンという語が生まれたのである。塩が貴重だった時代を証明してくれる語である。

「薬食同源」思想の現れ

 朝鮮でもそのような時代に薬塩という言葉が生まれたのだろう。

 やがて、みそ、しょうゆ、酢、油が作られ、各種香辛料が探し出され、食品や料理に加えられるようになる。つまり、味付け料の幅が広くなり、塩だけではなくなってしまう。

 そうなったのに、味付け料のことを「薬塩」では実態に合わない。そこで同じ発音になる「薬念」「薬廉」などの表現へと変わるのである。そして、これは調味・香辛料という意味であって、決して「薬剤」を指してはいない。

 朝鮮料理の薬念の価値は、複合の味を演出してくれる幅の広さにあり、確実に料理の味の決め手になってくれるところである。

 たとえば「ゴマ油」である。植物性の油は一般には、チヂミ、天ぷらなどの料理材料そのものとして使われることが多い。朝鮮料理ではこれを調味料とするのが、当たり前になっている。あらゆるところに使われる。スープ、ナムル、焼海苔、菓子、餅を焼いたものにも塗る。そしてタレ類の調味料にと使う。

 このゴマ油多用の文化は、高麗時代に始まるとされている。高麗の仏教全盛時代に肉食が禁じられた。肉を食べないことによる栄養不足を補わんとして、カロリーの高い植物油が使われたというわけである。その後肉食は復活するのだが、ゴマ油多用の生活は続くわけである。利用の知恵も積み重なり、炒ったゴマから絞った芳香性の良いものまで考えられた。朝鮮料理の味つけでもし失敗して「ゴマかそう」と思うなら、ゴマ油をたっぷり使うことだと料理研究家たちはおっしゃる。日本料理ならばしょうゆの使い方で、中国料理は酢を使いこなすことで、失敗を隠せるといわれている。朝鮮、日本、中国の調味料文化の特徴をよくとらえているといえよう。

 薬念は料理づくりに味付け料が大切な役割をするのは言うまでもないが、健康のための薬として使われているものではない。料理の味を良くする目的に使われるのが、薬念なのだ。

 確かに、朝鮮では食べ物に薬の字がよく使われる。薬飯、薬水、薬酒、薬果など多く見られる。これは朝鮮時代から始まった儒教文化の「薬食同源」思想の現れであろう。
(滋賀県立大学教授)

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