朝鮮学校児童・生徒への嫌がらせ
これまで取り上げてきたように、9.17(朝・日首脳会談)で日本人拉致事件が発表されてから、朝鮮学校児童・生徒に対する暴言・暴行・嫌がらせが続いている。朝鮮半島情勢が不安定になるたびに繰り返される事件。生徒の中からは「朝鮮人をやめたい」との悲痛な声も聞かれる。現場では何が起きているのか。
「もっと知って、私たちのこと」―子どもたち 千葉朝鮮初中級学校(千葉市花見川区)に通う金久美さん(中3)は9月18日の登校時、駅のホームで電車を待っているとサラリーマン風の30代男性に後ろから「拉致」とささやかれた。「恐る恐る振り返ると、その男性は逃げるように人ごみのなかに消えてしまった」。 学校側の措置により、チョゴリではない第2制服を着用していたにもかかわらず暴言を吐かれたことによって、金さんの恐怖心はいっそう高まった。「私のチョゴリ姿を前から見て知っていた人では。何をされるかわからない。このまま家に逃げ帰りたい」―。一瞬、ホームに背を向けようとした彼女を思いとどまらせたのは、同じ車両に先に乗車している初級部児童たちだった。「あの子たちに何かあったら私が守ってあげなければ」。金さんは思い直していつものように電車に乗り、児童たちを見守りながら登校した。 同校の「瑛華さん(中3)は11月15日、第2制服で下校途中、学校の最寄りにある駅ビルの入り口で50代の男性に「見慣れない制服だね」と声をかけられた。「拉致とは関係ないかもしれないけど、恐かった。心配かけてはと、すぐに両親に伝えられなかった。以前から寄り道もしていた駅ビルだったが、今は立ち寄ることもできない」。 そのほかにも、電車の中で朝鮮語で会話ができない、朝鮮語で書かれた教科書を取り出して勉強ができない、周囲で飛び交う拉致の話題が耳に入ると、「朝鮮人であることが気づかれないか」とびくびくしてしまう、など言葉の端々から子どもたちの心の叫びが聞こえてきた。同校では、集団登下校や第2制服での通学など、子どもたちの身辺安全を優先した措置が現在も取られている。 「子どもたちは非日常的な生活を強いられ、閉塞感を感じている。過剰な報道も影響してか、『朝鮮人であることがいやだ』と訴えてくる生徒もいたほどだ。彼らの心の叫びをじっくり聞いてあげるよう心がけている」(中3担任の金勝孝教員、32)。 涙出た「一言」地域の絆確かめ―保護者 「決行か中止か」。9月末、東京朝鮮第9初級学校(杉並区)のオモニ会、アボジ会の役員らが、急きょ学校に集まった。1カ月後に控えた地域住民を対象にしたバザーについて討議するためだ。 保護者に配ったアンケートでは、子どもの身の安全を考えバザーを中止すべきとの意見が多数だった。それほど危機意識は募っていた。 7年前から毎年恒例となってきたバザーは、地域に根ざした学校を目指したもの。同じ地域で子どもを育てる親同士、顔の見える交流をしようと近隣の馬橋小や杉並第1小のPTAやオヤジの会と綱引き大会や焼き芋大会を通じて交流を重ねてきた。 日本人拉致事件の衝撃に、「やっと根付いた交流が崩れかねないと思った」と話すのは元アボジ会会長の金容星さん。しかし、事件の1週間後、馬橋小オヤジ会の大西誠一さんから毎年と同じように「バザーの打ち合わせをしよう」と声がかかった。「涙が出るほど嬉しかった」という。 討議の末、付き合いのある小学校や市民らに対象を限定し、子どもも教室に待機させるなど安全策を講じたうえでバザーを開くことに。保護者の不安は消えなかったが、それを乗り越え決断したのは「今まで支援してくれた日本の人たちを大事にしたかった」(金さん)、「大変な時こそ、堂々とした姿を子どもたちに見せたかった」(オモニ会会長の権貞愛さん)からだった。 当日は、天気にもめぐまれ、招待客以外にも多くの市民が同校を訪れた。熱気に包まれた運動場はこの間の交流を通じて、バザーが地域に定着したことを物語っていた。 「集団登下校している子どもたちを見て胸が痛かった。悲しかった。上(政府)の方はいろいろと問題があるかも知れないが、地域でやってくスタンスは変わらない」(大西さん)。 純利益も昨年より多く、オモニ、アボジらの喜びはひとしおだった。 「歴史知って」対話に希望託す―教員ら 嫌がらせは続いているものの、日本学校生徒との文通が始まるなど、心温まる交流も芽生え始めている。 「何の関係もない在日の人たちがほとんど毎日のように暴行を受けているというニュースを聞いた時、同じ日本人として悲しかったです。こんな日本人ばかりではないことをどうやったら理解してくれるのかと思いました。…あなたたちの通っている学校に遊びに行きたいです。小さな交流の積み重ねが日朝間の友好を深めていくと思います」(千葉初中に送られてきた日本の中学生の手紙から) 一方、神奈川朝鮮初中高級学校(横浜市)の「康義教員(32)は9日、県の高教組などが主催する集会に招かれ、子どもたちが置かれた現状を話す機会を得た。 「事件後、近所のスーパーで『アボジ』を『お父さん』と呼んだ子どもがいた。なぜと聞くと『朝鮮人ということがバレるから』。下校する時に楽しく口ずさんでいた朝鮮の歌を自粛する子も出てきている。横浜市は国際都市。朝鮮人を恥じて生きていくことが果たしていいことなのでしょうか」 「教員は、拉致事件と関係のない子どもたちに矛先が向くのは、在日朝鮮人の渡日経緯や民族教育の歴史に対する無知からだと思っている。 「子どもたちが堂々と生きることができる環境を作るためには、まずは私たちを知ってもらわないと」 心ある人たちと話し合うことから何かが変わると信じている。(張慧純、李明花記者) 自治体などが事件防止を訴えたアピール 9.26 東大阪市教職員組合、「すべての子どもたちの人権を守ろう」との声明を発表。「市内には東大阪朝鮮初級学校と大阪朝鮮高級学校があり、教職員らは朝鮮学校に学ぶ子どもの人権と安全を守る責務がある」としながら、「引き続きすべての子どもたちの人権が守られる社会の実現をめざす」とした。 9.27 公立学校における民族教育運動を進める大阪の民族教育促進協議会(郭政義会長)がアピール文発表。「事件は、日本社会にいまだ残る在日韓国・朝鮮人への差別意識を如実に表す」ものであり、「朝鮮学校のみに向けられたものではなく、すべての同胞に向けられた民族差別であると受け止めている」と指摘。 10.2 兵庫県の井戸敏三県知事、武田正義・県教育長、西門義博・県私学総連合会会長、林同春・県外国人学校協議会会長らが連名で緊急アピールを発表。「朝鮮学校やその生徒に対する脅迫や嫌がらせなど、人道上あってはならない、人として恥ずべき事件が発生しており、誠に残念でならない。…阪神・淡路大震災の際には、国籍・民族を超えて助け合う姿が見られるなど、兵庫県民の助け合いのこころが広く内外に認められた。…このような時こそ、兵庫県民の良識ある行動を切に願う」。 10.7 京都府教育長、各市町村教育委員会と府立学校長に対して在籍する外国籍の児童・生徒の安全を確保するよう要請。 10.10 埼玉県教育長、市区町村教育長や公立学校長あてに通知を出し、朝鮮学校生徒への脅迫を防止するよう訴える。 10.11 京都府議会が「日本人拉致事件に関する朝鮮籍府民の人権侵害を憂慮する決議」を採択。「拉致行為の怒りを隣人である朝鮮籍府民に向けることは、事実認識の上からも人道上の観点からも大きな誤り。決して許されるものではない」と断じたうえで、事件が再度起きないよう取り組みを強化するとともに、「府民が人権や多様な価値観の大切さを身につける施策の推進にいっそう努めるべきである」とした。 10.16 京都府、京都府地方法務局と合同で街頭啓発。チラシなどを配る。 10.20 神奈川県在日外国人(多民族・多文化共生)教育連絡協議会、「在日コリアンの子どもたちへの嫌がらせ、人権侵害への抗議と多文化共生社会を築くための緊急アピール」を発表。「拉致事件と在日コリアンの子どもたちはまったく無関係。事件に対してどれほどの怒りがあったとしても、その矛先が無防備な子どもたちに向けられることは許されない」と指摘。迫害の背景にはマスコミの影響があるとして、「ほとんどすべての報道機関が北朝鮮への批判一色で、植民地を含めた日朝関係史の報道はなされていない」と述べた。 各地での被害(5日現在) ◇ 9月27日 ◇ 10月8日 ◇ 11月16日 ◇ 11月18日 ◇11月22日 ◇ 11月23日 ◇ 11月27日 ※総聯中央教育局が各学校の被害状況を調査、それに基づき在日本朝鮮人人権協会が作成したものの一部。なお同教育局では事件後、このような事態に配慮し、各学校や総聯本部教育部に対して、@集団登下校の実施および教員、総聯職員による児童・生徒たちの身辺保護Aチマ・チョゴリ制服による通学の停止B事件通報体系の確立と義務化、事件の通知―などを通達。現在は、学校別に対処するよう措置が取られている。 9.17以降、各学校から報告された嫌がらせ件数は318件。暴行2、暴行未遂10、暴言20、脅迫電話・ハガキ107、無言電話67、脅迫Eメール112件。(5日現在) |