「食」を通じて「生きる力」伸ばす
埼玉朝鮮幼稚園の試み
「人が生まれて最初にする意欲的な行動が、食べること」と言うだけあって、張仙玉園長は「食」を通じて子供たちを意欲的な人間に育てようと試みている。 「食」は人々の生活の中で、体格づくりと健康に欠かせないばかりでなく、「心の健全」を保つうえでもとても大切。文明の発達と共に人々の生活様式が大きな変化を遂げる中で、近頃はインスタント食品やレトルト食品、外食などが食生活に浸透しているが、これらの便利品が子供たちに及ぼす影響は、決して良いものとは言いきれない。 「子供たちにとって、五感を刺激し、意欲を掻き立てることはとても大切な要素」と張園長は言う。たとえば、食べ物を口に運ぶまでの間にも、食材を「見る」、「触る」、調理する音を「聞く」、匂いを「嗅ぐ」といった経験をする。これらの刺激によって、子供たちのお腹はキュルルルーっと音をたて、「食べたい!」衝動に駆られる。インスタント食品では、こうした「食」を促す刺激も得られず「食べなくては」という強制が働くだけ。料理体験は「五感を刺激し、子供の知的好奇心を育てるうえでも実に効果的」というわけだ。 「農作業」を取り入れ 同幼稚園の片隅には60平方メートル程の小さな菜園があり、そこには園児たちが大切に育てた白菜、唐辛子などの野菜が青々と茂っている。ここでは、料理のほかにも、栽培保育や異年齢保育を取り入れ、子供たちの「感・観・環・関」を刺激することに力を注いでいる。 土を掘り、種を植え、水をまき…。園児たちは四季の「農作業」を通じて、ミミズの出現に驚き、芽や葉っぱが出たと歓声を上げる。集団行動の中で、次第に水汲みや水をまく係などの役割分担をこなしながら、自分たちの手で野菜を作り、それを食べる喜びをも習得していく。家ではほとんど野菜を食べなかった子供が、幼稚園で他の園児たちが美味しそうに食べる姿を見て、もりもり食べるようになったという例もある。また、自分が育てた野菜がどんな味をしているのか興味を持ち、野菜嫌いを克服した子もいる。 「子供にとって音や匂い、料理する人の姿を見ることは、大きな刺激になるんです。そして、その食材を人々がどれほど苦労をして育てているのかを体験すれば、それは食べる意欲ばかりでなく、『生きる』ことへの感謝の気持ちにもつながる」と張園長は言う。食べる意欲は生きる意欲に、積極的に生きる意欲は、世の中のために働くことへとつながるのでは、と考えるのである。 家庭でもキムチせがむ 「教育の目的は、生きる力を育てることにある」と主張する張園長は、「朝鮮人だからと言って、子供を朝鮮幼稚園に通わせなければいけないというのは昔のこと。内容が伴わなければ学父母たちは納得しない」と指摘する。彼女が「意欲的な」人間づくりにこだわるのは、近年、日本における数々の凶悪事件や相次ぐ中高年の自殺など「生きる力」を失った社会の病巣の深刻さとも関連する。だからこそ今、子供たちの「生きる力」を育てることに重点を置き、そこに民族的要素をうまく加味しようとしているのである。 こうした園での取り組みは、同胞家庭にも少なからぬ影響を与えている。キムチを漬けない家は近頃増加しつつあるが、栽培保育や料理を通じて、子供たちが家庭でも「キムチを作って」と、せがむからだ。 昨年11月17日、同幼稚園で開かれた参観保育では、子供たちが育てた野菜で作ったキムチやチヂミが「お店やさん」で売られ、みごと完売。柳賢斗くん(4)の父親、文成さん(30)は「家から少し遠いけど、言葉や礼儀も覚えて、良いと思いますよ。栽培とか、料理なんかもすごく良い。日本の幼稚園でもこんなこと、してないんじゃあないですか? とても感心しました」と話す。埼玉幼稚園までは家から車で30分。最初は、近くの日本の幼稚園に入れるつもりだったが、子供が馴染めなかったことから、自分が卒園した埼玉幼稚園に足を運んだ。不思議なことに最初から園児たちと子供が打ち解けて遊び始め、入園を即決した。 また、尹★(糸偏に弥)璃ん(3)の母親、金★(草かんむりに榮)旬さん(30)は「ここに見学に来たときに、上の子たちがおもちゃを持って来て娘と遊んでくれたんです。日本の幼稚園では、人見知りをして馴染めなかった子が、不思議ですね。楽しそうに遊び始めたんですよ。当初は3歳児クラスで着替えも自分でできなかったんですが、上のクラスの子たちが色々と手伝ってくれたようですよ」。 一昨年40人台だった園児の数は、昨年50人台に増え、今年は60人台に上るきざしを見せている。今のままでは教室数が足りないことから、教室確保に向けて嬉しい悲鳴が上がるほどだ。明るい園児たちのほとばしる笑顔が、未来を約束している。 |