公安調査庁の外国人登録原票入手事件

国民監視支配への前奏

背景に地方自治体との人権侵害ルーティンワーク


 東京都杉並区の外国人登録を扱う区民課の課長が「何が悪いのか」と反問してきた。ちょっと耳を疑う。「いつものことです」と彼は続ける。杉並区は公安調査庁の求めに応じ毎年3、4人の在日朝鮮人たちの外国人登録原票の写しを渡してきたという。何の疑念も抱かず。

 8月17日に京都市で発覚した公安調査庁による大量の登録原票違法入手事件はほどなく、今年4月以降だけで札幌市から長崎市までの主要18市プラス東京都5区に広がっていることが判明したのだが、それはいまなお立川市や和歌山市などで露見しつつある。被害者数はすでに350人前後。この数はさらに膨張していくに違いない。同・実態は在日外国人のみならず全国民が蒼白にならざるをえない規模と推定される。

 杉並区の担当課長の「いつものことです」は全国地方自治体の多くの関係職場の荒廃と無知と無責任と差別意識を如実に示している。それが公安調査庁の「適正な調査であり、内容についてはコメントできない。問題はない」とのあきれはてた傲慢言辞と強固に結合している構図をけっして見落とすわけにはいかない。

何かを仕組みデーター集め

 7月下旬である。こんな話が流れた―秋口には朝銀・商銀問題をとっかかりにして政治家を何人か窮地へ追い込む事件が発生する。とくに北朝鮮関係の事件が起こるだろう。

 そのコンテキストに登録原票違法入手はない。しかし、無関係とは思えない。この違法かつ違憲の人権侵害行為が何かを進行させるための手がかりとして、何かを仕組むためのバックグラウンド・データ集めとして展開されていた可能性を否定できない。今日までに発覚した登録原票の違法入手事例の大半が4月以降に集中している点、しかも「大量」である点をもっと注視すべきではないか。まず公安調査庁と地方自治体の「いつものこと」、つまり馴れ合いの人権侵害ルーティンワークが存在し、今回そこに従来とは異なる思惑を上乗せしたとみても間違いないようだ。では、なぜ秋口なのか。

 国民の不安と苦痛と怨嗟が肥大している。4月下旬に小泉純一郎氏が登場し、改革という名の国家利権の再分配抗争が始まり、それはますます熾(し)烈になっている。とともに、国民の不安と苦痛と怨嗟を利用して有事法制化(日本国憲法扼殺)を進めようと意図する者たちが歴史教科書や靖国などを踏まえながらしだいに勢いを増してきたのだが、彼らはまた、たとえば金正日総書記のソウル訪問などによる朝鮮半島融和の加速を阻止したいと願ってもいる。こうした混沌と排外主義は、過去何度も繰り返してきたように、必ずいけにえを求める。

 あまつさえ公安調査庁(8公安調査局、37公安調査事務所)はもうひとつの思惑に衝き動かされている。自らの存続。組織の維持である。95年のオウム真理教事件で、つかの間、焼け太りの様子をみせたものの、その先細り再編は必至だ。

公安調査庁の主な狙いは「在日」組織

 オウム真理教事件の翌年に作成したと思われる近畿公安調査局の内部文書が洩れ出た。ここには彼らが反原発・反基地・人権擁護といった住民運動や市民運動をスパイしていることが記されている。その文書は、彼らが自身の存在の根幹(母体)である破壊活動防止法の、たとえば第1条(目的)、第2条(拡張解釈の禁止)、第3条(自由と権利の不当な制限や諸団体の正当な活動の制限および介入の禁止)すら踏みにじり実質的に破壊していることを明確に証している。その逸脱行為の対象はいまやごくありきたりのボランティア、市民オンブズマン、労働組合、弁護士会、いわゆる「従軍慰安婦」などの諸活動に広がっているのだが、こうした広がりとともに看過できないのは数年前、主要ターゲットを日本共産党から在日朝鮮人組織へ変更し、その態勢を着実に整えてきたことである。

 さらに押さえておくべきなのは、外国人登録原票違法入手が、個別の、いわば孤立した事件ではない点だ。逆にそれは昨年8月15日にスタートさせた盗聴法(通信傍受法)や約400億円を投じて2002年8月に完成させる国民総背番号制(住民基本台帳ネットワーク)などと強く連動している。換言すれば冷酷な国民監視支配への前奏の役割をはたしているのである。もっと現実に即して言うなら、それは弱者が弱者を脅かす、執拗な差別体系づくりの一環でもある。

 ところで、公安調査庁は何をもってこのようなひそひそとした動きを「適正」だと言うのか。彼らは「適正」だと繰り返しながらおなじみの闇へ逃げ込む。「適正」かどうかを判断するのは彼らではない。私たちだ。

 野田峯雄(ジャーナリスト  著書に「『疑惑』の相続人  田中真紀子」=第三書館、「北朝鮮に消えた女」=宝島社など多数)

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