焼肉激戦区−繁盛店
新鮮な良い肉を安く、高級店並みのサービス
東京・門前仲町、両国、芝大門店 コリヤンハウス・陽
1945年8月15日の祖国光復後、在日同胞が牛の内臓などを商品化することで始まった焼肉産業。その後、高度成長期、外食産業拡大の波に乗って日本社会に広く浸透した。低価格チェーン店、異業種からの参入などによって現在、激しい競争が繰り広げられ、「勝ち組」と「負け組」の二極分化が進んでいる。こうした厳しい環境のなかでも、努力とざん新なアイデアを講じて地元の厚い支持を受けている同胞の店がある。激戦区でたたかう同胞経営者の今を追ってみた。
独自のカラー 東京・地下鉄東西線門前仲町駅とJR両国駅、地下鉄都営浅草線大門駅の、いずれも駅前1分の所に3店舗を構える「コリヤンハウス・陽」。社長の尹陽太さん(40)は同胞3世。茨城朝高卒業後、モランボン調理師専門学校に通った。その後、都内などの焼肉店で皿洗いから修行を積み、有名店のチーフに抜てき。9年前、門前仲町店をオープンして独立した。 3店舗とも、低価格チェーンなど10数店舗の同業者が立ち並ぶ激戦区にある。そこでの競争を乗り切るには、相当な覚悟と努力、アイデアが必要だったはずだ。 尹社長はこう語る。 「低価格チェーン店の客1人当たりの単価は、飲物は別にしても2000円前後。とても対抗できない。この地域では高級店はまずはやらない。低価格店との差別化を図るには、独自のカラーを出すしかない。チェーン店の料理の品質、サービス、清潔感などを分析したうえで、良い品をより安くし、高級店なみのサービスを提供することによってお客様に満足を与える。肉は当然和牛です」 「良い品をより安く、高級店なみのサービスを提供する」―これが激戦に勝ち抜くために堅持している尹社長の信念だ。 手間ひまかける まずは肉問屋との関係。業界を熟知することに力を注ぎ、数々の利点を得た。例えば、同じ肉でも店によって卸値が異なる場合があるが、現金取引、交渉次第で肉を安く優先的に卸してもらうことができる。またその肉屋にしかない限定品を見つけることもできる。生の子袋など。肉屋の工場に足を運んで、情報を収集することも欠かさない。 次に、チーフ(調理師)と店長との関係。厚い信頼関係を築くことに重点を置いた。それによって、チーフと肉屋とのゆ着を防ぐことができた。また店舗展開にあたっては、スタッフの意欲を高めるために、資質と経験に応じて責任ある仕事についてもらった。スタッフはやりがいを感じ、店の雰囲気も明るくなり、客にとって心地よい空間を提供することができた。 仕入れとサービスも工夫し、肉の仕入れの量は最小限にした。週1回の仕入れで仕込みを終える店があるが、尹社長はそれを週3、4回に分けた。手間とひまはかかるが、つねに良い品を提供するためだ。肉の種類もやたらに増やさない。人気がなければ鮮度が落ち、冷蔵庫のスペースも余分に取られるからだ。 また肉以外のしょう油や酢などの調味料など、どこで買っても品質に変わりのないものは、徹底して安い所を探す。同店の場合、数店舗と取引している。 サービスは高級店なみ。オシボリは来店時と食事の前後の3回出している。 地元との共存、共栄 9年前にオープンした1号店、門前仲町店。9テーブル、32人を収容できる。客単価は、家族4人で、ビールを飲んで1万円でおつりが出る程度を想定。そのため肉は周辺の店に比べて2割安(カルビ=880円など)にした。 またワンドリンクサービス券との引き換えで、商品やサービスに関するアンケートも実施。指摘があれば、すぐに対策を講じるようにしている。 しかし近年、低価格店の続出によって一時は客足が減った。だが、良い品を安く提供し続ければ、客は必ず戻ってくると、肉質は落とさず、調味料などの側面でコストダウンを図った。コストダウンは、「利益追求ではなく、あくまでも良いものを提供するための手段であり、それを追求すれば最終的には利益に結びつく。利益を生み出すのはお客様ですから」と尹社長。 こうした実直な努力が実を結んだ。 「やっぱりおいしい店」「かんじの良い店」という評判が口コミで広がり、固定客の確保につながった。 現在、新店舗の出店の準備に取りかかっている。「無理せず、正直な商売で、地元住民との共存、共栄を図っていくことが秘訣」と語る尹社長。各店舗に必ず顔を出す毎日を送っている。(羅基哲記者) |