ベンチャー企業と在日同胞企業 〈下〉

人の心動かす気力と情熱

金美徳


挑戦に価値、既存ルール破る

時代の本質見極める

 在日同胞企業と日本のベンチャー企業の「違い過ぎないが、違う」点をもう少し具体的に考察してみたい。

 第1に、起業家精神が非常にネガティブであるということだ。

 一般的にはネガティブな感情を捨て、すべての人を許し、ポジティブで楽しいことだけを考えるべきだという思考だけが成功法のごとく言われている。しかし在日同胞は、歴史的経緯が複雑ですべての条件が最悪であったにもかかわらず、素直なネガティブさを持ち合わせていたと考える。

 第2に、人の心を動かす気力と情熱である。

 第3に、チャレンジして生きることに価値を見いだすことだ。

 第4に、既存のルールを抵抗感なく、スピーディーに破ることである。これは、理論や知識、情報に振り回されることなく、つねに自分の頭で新しいルールを作り続けているからだ。

 つねに矛盾と葛藤の中で生きてきたので、社会の矛盾、業界の不合理な構造や一般大衆の気持ちがよくわかり、時代の本質を見極めるセンスや能力が非常に高い。

 そのため、日本や日本人が見向きもしなかったことに、数倍の努力、工夫、忍耐を持って、真剣に取り組んできた。

「八転九起、九店十起」

 第5に、在日同胞起業家、企業、業種は、日本の規制や保護に飼い慣らされていないことだ。これは日本のベンチャー起業家、企業の多くも同じである。

 そして、だまされても人を信じ、転んでもすぐ起きることである。

 在日同胞起業家は、つねに差別や迫害を受けてきた。また、知識や情報の不足からだまされることも多かった。しかし、人間不信に陥ったり、さい疑心に駆られることなく、つねに純粋な輝きを持ってこれぞと思う人たちを信じ続けた。

 しかも、何もない中からビジネスを始めたので、失敗することも少なくなかったが、普通ならとてもじゃないが挫折し、2度と這い上がれない所からそのつど這い上がってきた。「七転八起どころではない、八転九起、九転十起だった」という某起業家もいる。

 ではなぜ、それほどまで人を信じ、起き上がることができたのか。

 極限状態を体験したことで後は人を信じ、ただ起き上がることしか選択肢が残っていなかったのかもしれない。激動の時代と波乱の人生の中から人を信じる勇気と何度も起き上がるエネルギーやバイタリティーを体得したと考えられる。

市民起業家精神

 起業家精神は、新たなる進化を遂げ始めている。

 21世紀は市場、政府、非営利の3セクターからなる混合経済の時代と言われる。

 非営利セクターのリーダーは、市場や政府セクターにおいてもコーディネーターとしての役割を果たす新しい起業家と言える。これを米国では「市民起業家」と呼んでいる。市民起業家は、経済とコミュニティーを媒介する新しいタイプのイノベータ―であり、米国では新しい社会構築に寄与している。

 例えば、シリコンバレーは、市民起業家精神に基づいて創出されたものと言っても過言ではない。

 世界的ハイテク技術革新の中心地であるシリコンバレーは、企業経営者、政府関係者、教育者、コミュニティーのリーダーたちが、ジョイントベンチャーやネットワークによって築き上げた新しい地域組織だからだ。

 この市民起業家精神は、これからさらに実践や研究によって再構築されるであろうし、国や地方自治体によって新たな経済コミュニティー運動として展開されると考えられる。

 したがって起業家精神は、市民起業家精神をどう意識していくかが重要である。

 在日コリアンネットワークが、市民起業家となるためにどうすればよいかが、これからの課題となるであろう。 (キム・ミドク、朝鮮大学校経営学部講師)

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