私たちのうた

李相和


奪われた春

 今はもう−奪われたこの地に春は来るのか?
 僕は春の陽を全身に浴びて
 蒼い空と青い野が出会うところへ
 どこまでも続く畦道を歩く、夢の中のように。
 堅く口を閉ざした空よ、野よ
 僕はここへひとり来たのか
 君が引き寄せたのか、誰かが呼んだのか
 もどかしい、答えておくれ。
 風は僕の耳元でささやき
 一歩も立ち止まるなと服の裾をなびかせる
 ひばりは垣根の向こう少女のように
 雲の陰でおかしそうに笑っている。
 ありがたく実った麦畑よ
 ゆうべ降ったきれいな雨で
 君は麻束のようなその髪を洗ったんだね、僕の
 頭さえ軽やかだ
 ひとりでも行こう
 乾いた田を懐く水路は
 赤ん坊でもあやすようにやさしくせせらぐ。
 蝶よ、燕よ、ふざけてばかりいないで
 鶏頭の咲くあの村へもあいさつにおいき
 あの野で、ひまし油を塗った黒髪を束ね
 働きずくめの彼女たちにも会いにいこう。
 この手に鎌があれば
 ふくよかな乳房のようなこの土を
 足首がしびれるほどに踏みしめ
 いい汗など流してみたい。
 川原ではしゃぐ子どものように
 無邪気に果てもなく走り出す僕の魂
 何を探す? どこへ行く?
 恐いくらいだ、答えておくれ。
 僕は全身に草の香を漂わせ
 蒼い喜びと青い悲しみの交わる大地を
 足を引きずり日がな歩く
 きっと春の精に憑かれたんだ
 今はこの地を奪われ、春さえ奪われようというのに
(「詩歌集」より)

 リ・サンファ  1900年、慶尚北道・大邱生まれ。(訳・姜和石)

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