人権協会報告集会での報告

「日本国籍法改正の背景と内容、その本質について」

任京河(朝鮮大学校教員)


 去る2月8日、自民、公明、保守の日本政府与党3党は、在日朝鮮人をはじめとする特別永住者に対して「帰化」要件を緩和する「日本国籍法改正案」の骨子を発表し、今国会で「国籍法改正案」(以下、「改正案」と称す)の提出とその成立を目指すことを公言した。三つの案から成るこの「改正案」は、一言で言うと、今よりずっと簡単に「帰化」できるよう制度を改め、在日朝鮮人が何ら抵抗感を感じずに「帰化」するように仕向けようというものだ(「帰化」という用語は元々、君主の徳に従い慕うという意味があるので「国籍取得」という言葉に直すべきだと批判されている。この批判をかわすために「改正案」では、「帰化」ではなく「国籍取得」という言葉を使っているが、ここにこの「改正案」の巧妙さが現れている。ここでは問題を喚起するためにあえて「帰化」という表現を使うことにする)。

 近年、帰化者の増加に伴う在日朝鮮人の消滅を懸念する指摘が多くなっているが、「改正案」発表に伴い早くもそのことを憂慮する声が挙がっている。とくに民族性の希薄が問題となっている若い世代は、ともすると目先の利益に惑わされ「権利」という名の誘惑に乗って「帰化」してしまう危険性もあると指摘されている。

 われわれは、日本政府が在日朝鮮人に対して新たにうち出してきたこの露骨な同化政策に動揺することなく、より柔軟で予見性のある対応をしなければならないと考える。そこで本報告では、この「改正案」の内容と出てきた背景を探ることによってその本質を明らかにし、日本政府の「新同化政策」にのまれぬよう日本政府の真の狙いについて言及することにする。

現行法上の「帰化」

 現行の日本国籍法によると、「帰化」をするには、5年以上日本で居住し、素行が善良で、独立の生計を営むことができ、元の国籍を離脱するなど、一定の条件を備えなければならないとされている。そして、この最低条件を満たす者は、法務大臣に帰化申請することができるが、許可するかしないかはもっぱら法務大臣の判断にゆだねられている。

 この「帰化」制度は、在日朝鮮人に対する最も直接的で露骨な同化政策だ。それは、「帰化」申請者に対して、日本人との交友関係や日常の生活態度、政府に反抗的でないかなど徹底的に調査追求し、日本人化の度合いを計る審査を通って初めて許可が出る仕組みになっているからだ。このような厳格な制度を改め、在日朝鮮人が日本国籍を簡単に取れるように変えるのだから、もし「改正案」が成立すると日本の対朝鮮人同化政策が最終段階に入ったことを意味すると思われます。

「改正案」の骨子

 では、具体的に法律でどのように現行の「帰化」要件を緩和するのか。「改正案」は3つの案を提示しているが、おおむね次のようになっている。

 第1案は許可制で、一定の前科を有する者でないことと元の国籍を離脱することを条件として、この条件を備えた者が「帰化」申請すれば法務大臣は必ず許可しなければならないとする。

 第2案は届出制で、何ら前提条件を課さず、法務大臣へ届出ることで、その届出の時に日本国籍を取得する。

 第3案は国籍選択制で、すべての特別永住者に日本国籍を付与し、いったん2重国籍状態にした上で、2年以内に元の国籍を棄て日本国籍を選択しなければ日本国籍を失うとする。

 いずれの案も現行法に比べると、かなり「帰化」を容易にしている点で共通している。他方、注意を要するのは重国籍が認められないこと、つまり元の国籍である朝鮮の国籍を棄てることを義務付けている点だ。

 ちなみに第3案は、本人の意思を問わず強制的に日本国籍を付与するため、個人の国籍自由の原則に反することが指摘されており、現在第1案と第2案を軸に検討されていると一部で伝えられている。

 「改正案」自体はまだ固まっておらず検討段階にあるが、伝え聞くところによると最終的には2つの案のうち、今までの制度に必要最小限度の手を加えた第1案で落ち着くのではないかと思われる。というのは、第2案にも戸籍が引っかかるという問題があるからだ。第2案の届出制にすると、朝鮮人の場合夫婦別姓のままで戸籍を編さんする必要が生じるが、今の日本戸籍法ではそれが認められていない。したがって、当面問題のない第3案が消去法で残るわけだが、説得力ある予測だと私は考える。

 いずれにせよ、今後「帰化」がしやすくなる、本名でも「帰化」できるなど情報を少しずつ流し過剰な期待を持たせておいて、在日朝鮮人の動向を探りつつ、肝心の「改正案」成立を引き伸ばし、もう国籍にこだわる時代は終わった、「帰化」しても何の問題も起こらない、という動揺を朝鮮人の間に起こさせ、「帰化」制度を改正する、しないとは別に、1人でも多くの「帰化」者を出すことが日本政府の本音であり狙いであることに変わりない。

「改正案」の経緯

 では、なぜ今年に入って、突如として在日朝鮮人に対する「帰化」要件緩和策が浮上することになったのだろうか。そこには、1998年に「外国人の地方選挙権法案」が国会に提出された事情が絡んでいる。

 周知のように民団は、いわゆる「選挙権運動」を展開し、同法案を何としてでも20世紀中に成立させると凄んでいたが、国会内で自民党を始め保守派の猛反発にあい現在までのところ可決される見通しは立っていない。最近は、当初の議員立法にかかわった民主党内からも反対の声が上がり、ますます混迷を極めている。

 総聯は、選挙権によって同胞の「帰化」・同化が促進すること、「選挙権運動」の背後に総聯をつぶそうとする不純な政治的策略があることから、選挙権に反対してきた。

 ところで、「永住外国人の地方選挙権法案」が国会に提出された以降から、同法案反対派である保守勢力の中で「選挙権法案」に対する代替案として、にわかに「帰化」要件緩和策が主張され始めたのだ。保守勢力の主張は、外国人選挙権は国家主権にかかわるので認められない、選挙権が欲しければ帰化するのが筋だ、というものだ。そして選挙権を与えない代わり、「帰化」を容易にするための国籍法改正を唱える意見が出てきたのだ。

 「権利が欲しければ帰化すればいい」というごう慢な主張は、従来、在日朝鮮人がたたかってきた正当な権利闘争を行う過程で、保守反動勢力が朝鮮人と日本人との民族対立構造を創り出すことを狙って使ってきた常とう句である。「選挙権法案」自体に反対するにしても、保守反動勢力の朝鮮人に対する排他的主張は言語道断だ。

 このように、「帰化」要件緩和策は、「選挙権運動」を逆手にとって打ち出された「帰化促進策動」であり、在日朝鮮人の民族的尊厳を踏みにじりその存在を抹消する、植民地時代からの一貫した民族排他思想を一つの背景としている。

「改正案」の背景

 「選挙権法案」にからめて「改正案」が与党国会議員の中から急浮上したにせよ、在日朝鮮人の「帰化」を促進することは、日本政府が戦後一貫して執拗にとり続けてきた政策であり、この「改正案」自体法務省官僚が用意周到に準備してきた法案であることに間違いない。日本政府は、法案を世に出す時期を虎視眈々とうかがっていたのであり、それが先の「選挙権法案」によって、時期的には予想外に早く出現しただけのことである。

 日本政府は、戦後在日朝鮮人を日本の国益に反する厄介物扱いし、本国へ帰るか、さもなくば残留して同化するかの二者択一を迫り、様々な事情から日本での残留を余儀なくされた在日朝鮮人を差別と同化の二大政策で抑圧してきた。

 在日朝鮮人を監視し弾圧する道具として外国人登録法と出入国管理法を制定、機能させ民族的尊厳を抹消するため民族学校の排除をもくろんだ「外国人学校法案」の成立を企て、それに失敗するや、民族学校および民族教育の権利を保障せず、学校教育法1条を盾に今日までありとあらゆる制度的差別を合法的に行ってきた。こうした抑圧政策とともに一貫してとり続けてきたのが「帰化」による同化政策である。

 1980年代以降、永住権や社会保障などある程度の経済的社会的権利を与える一方で、とりわけ最近に至っては「帰化」要件を緩和するより巧妙な政策に変わってきている。

 このことを露骨に表した坂中英徳法務省名古屋入国管理局長の次のような言及がある。

 「日本の植民地支配の歴史への遺恨の念と悲惨な在日体験から日本国籍の取得に反対してきた第1世代が甚だ小数になったこと、日本文化を完全に自分のものとしている2世・3世・4世が圧倒的多数を占めるに至ったこと、日本人との結婚が増加していることなど在日韓国・朝鮮人社会の動向からすると、今や、在日韓国・朝鮮人が日本国籍を取得するための機が熟したといえるのではなかろうか。今後は、加速度的に増えることが予想される日本国籍の取得を希望する者に対して、日本政府がいかに簡易な手続きにより日本国籍を付与するかが最大の課題であろう」(坂中英徳『在日韓国・朝鮮人政策論の展開』日本加徐出版、90頁)

 この発言は、坂中が1995年に発表した論文の中に記されているが、彼は続けて外国人選挙権は絶対に認められない、今後、権利が欲しければ「帰化」しなければならない、「帰化」しない人がこのまま日本に住みたければ差別を覚悟しなければならない、というありがたい「忠告」と「脅迫」を付け加えることを忘れなかった。

 この主張からもわかるように、「改正案」が「選挙権法案」との引き替えだけを狙って出てきたのではなく、在日朝鮮人の完全なる同化、法的同化を狙った「新同化政策」であることは明白である。

「改正案」の本質

 ところで、つい先日の4月3日、文部科学省は、一部の国粋主義者の集まりである「新しい歴史教科書をつくる会」が作った中学歴史教科書を検定合格とした。町村文部科学大臣は、「合格した本をご覧いただければ、中国、韓国などの懸念もあらかた解消される、と期待する」などと平気で発言し、この問題に対するアジア諸国民衆の歯ぎしりする思いを逆なでしている。われわれは、かつて朝鮮をはじめとするアジアを侵略し、人々に対する虐待や略奪を欲しいままにした血塗られた歴史をわい曲しながら、挙げ句の果てには侵略自体を正当化し美化するこうした勢力と、それを後押ししている日本政府の態度を断固として許すわけにはいかないのだ。

 そして何よりも看過できないのは、日本における教育の露骨な右傾化と、この「改正案」作りが決して無関係ではなく、一つの政治的文脈に沿って巧妙に進められているということだ。

 日本帝国主義による軍事的侵略のもっとも悲惨な被害者であり生き証人である在日朝鮮人の子孫に、小さい頃から「日の丸・君が代教育」になじませて、あたかも「自然」に日本人に同化したかのごとく仕向け、表向きは過去を清算する意味での権利保障という形で国籍を取らせて「完全な日本国民」として法的に拘束することにこの「改正案」の本質的目的がある。

 したがって、この「改正案」の本質は、在日朝鮮人に日本国籍を与えたうえですべて同化させることによって、その歴史性と存在そのものの抹消を狙った「新皇民化政策」にほかならない。彼らの意図する戦後補償とは、まさに日本の植民地支配によって生まれた在日朝鮮人を日本から抹消することなのである。

今後の対応策

 最後に、「改正案」の問題点と絡めて対応策について報告者個人の個別的意見を若干述べさせてもらう。

 「改正案」発表後、これに対する賛否両論が起こっている。駐日「韓国」大使館公使は、在日朝鮮人の「帰化」を促進するこの「改正案」を歓迎する談話をいち早く発表し、その一貫した棄民政策ぶりを露呈している。また民団も、「改正案」を「選挙権法案」の「代替措置」とすることには反対しているが、「改正案」そのものは別次元であるとして、あえて第2案の届出制にすべきことを表明している。

 しかし、この「改正案」がたとえ戦後補償の一環であるとはいえ、その本質が同化政策、「皇民化政策」である以上、次の問題点からその成立に反対である。

 第1に、日本政府が在日朝鮮人に対する過去を真に償う政策を施すのであれば、日本国籍よりもまず、民族教育の権利を中心とするする民族文化や伝統など民族性を保持することを、国及び地方自治体レベルで制度的に保障することが必要だ。民族教育の権利に限って言うならば、国籍法改正のような大げさな措置をとる必要などない。ただ、過去の差別的文部行政を改めるだけで可能なはずだ。

 つまり、朝鮮学校を私立及び各種学校として認可すべきでないとした六五年通達の形骸化を認めて早急に撤回し、公費助成、卒業資格の認定、寄付金の指定寄付金扱いなど、私立学校に準ずる法的地位を与える行政措置をとるべきである。もっとも、「帰化」要件緩和施行によって、「帰化」者である日本国民の朝鮮学校在籍を口実に、その運営に干渉することなど絶対あってはならない。

 第2に、本国・母国国籍を保持する者に対する現行の法的・社会的差別を正当化してはならないということだ。

 最近、先の法務官僚だけでなく民主党の一部議員の中でも、「改正案」通過後には「帰化」し易くなることに伴い特別永住資格を廃止すべきという意見が出始めている。このような、在日朝鮮人の法的地位を20年前に逆戻りさせようとする時代錯誤な動きに警戒する必要がある。

 日本政府は、戦後補償としての政策的配慮を徹底し、日本国籍の有無によって権利を保障するのでなく、在日朝鮮人という存在自体を尊重して保障をすべきだ。

 第3に、朝鮮民主主義人民共和国政府の承認を国交正常化問題とは別に早急に行い、その国籍を正式に認めなければならない。共和国国籍すら公式に認めずして、日本国籍を付与することなど断じて許されず、共和国公民の法的抹消を狙った時代錯誤的敵視政策は1日も早く改めるべきだ。

 第四に、現在様々な理由から「帰化」する人々や日本人と結婚する人々がいる事実にかんがみ、本国国籍離脱義務を要件から削除し、重国籍を認めるべきである。ただし、この問題に関し、本国・母国国籍法の重国籍防止規定については、われわれ自身、今後の課題として研究する必要がある。

 日本政府によるたび重なる抑圧と同化政策にも負けず、朝鮮人としての民族的尊厳を守り、数々の民族的権利をたたかい勝ち取った伝統は、今も生き続けている。まさにそのような歴史の道のりを共に歩み、その中で培われ共有されてきた経験と意識が在日朝鮮人にとっての民族性であり、その象徴が国籍であると考える。今後、報告者自身がこの「改正案」の動向に注視し、より主体的立場で在日朝鮮人にとって真に民族的な権利の獲得を目指して活動していくことを決意しながら報告とさせていただく。

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