くらしの周辺

李秀賢さんの死


 先日、10数年ぶりに偶然再会した日本人がいる。JRが国鉄だった時、労働運動を中心となって進めていたMさんだ。国鉄がJRに変わる時にリストラされて、現在は自分で壮年者がいろんなことを勉強したり趣味を楽しむ場を組織しているとのことだった。立ち話をした際に話題に上ったのが李秀賢さんのことだった。 

   1月26日に東京のJR新大久保駅で日本人カメラマンと共に線路に落ちた人を助けようとして犠牲となった南朝鮮の留学生である。26歳の若さだった。死の危険を顧みずに行動した2人、そして帰らぬ人となった2人に日本社会は大きなショックを受けたようである。

 元国鉄マンのMさんは、李さんらが犠牲になった根本原因は合理化にあるんだと憤りを込めて語るのだった。利益だけを追求し人員を減らした結果、安全がまずおろそかにされたのだと言うのだ。李さんの祖父は日帝の植民地時代に日本での強制労働によって亡くなったという。なぜ孫の李さんが再び日本で犠牲にならなければならなかったのか。他人を蹴落としてでも勝てばいいという考え、お金を儲けることが正義であるという風潮、美談は作り上げても物事の本質を伝えようとしないマスコミ、何よりも過去の国家犯罪を認めようとしない体質…。

 李さんだけでなく、こういうものに在日同胞は再び犠牲にされるのではないか。Mさんとの会話でそんな恐ろしさを感じたのである。(徹)

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