取材ノート

重要な論議の積み重ね


 先日、大学の学園祭というものに久しぶりに行った。都内の某有名私立大学が東京近郊のベッドタウンに建てた郊外型のハイテク校舎。「ネットワーク社会とエスニシティ」という、ちょっと具体的なイメージのつかみにくいシンポジウムに参加するためだ。知り合いの同胞学生が実行委員を務めていて、相談に乗ったりしたことから顔を出してみたのだ。

 私にも経験があるが、ひとつのイベントを開催するというのはそう簡単なことではない。その日も、う余曲折を経て決まった出演者2人のうち、マスコミにもよく登場する某在日同胞学者の国立大教授がドタキャン。結局、民主党の鈴木寛参院議員が1人で話すことになった。

 1人での長丁場、話は冗長になりがちだ。そのせいか、途中の休憩の後からは観客の学生らがガンガン挙手して質問を浴びせ始めた。がぜんおもしろくなった話が教育問題に及んだ時、他大学から訪れたある同胞学生が、「朝鮮学校への処遇についてはいかがお考えですか」と質問した。鈴木議員ははっきり答えた。「私は朝鮮学校に、私学助成を出すべきだと思っています」。もちろんその後、その前提ともなるべき教育制度全体の改革について彼の持論が展開されるのだが、私は心の中で「やった!」と1人ほくそえみ、メモ帳にしっかりと書き込んだ。こういうことがあるからこういう場は楽しい。来たかいがあったというものだ。質問した同胞学生、実行委員会の同胞学生も同じ気持ちだったろう。

 議員だろうが官僚だろうが学者だろうが、学生が訪ねて行くと言って嫌がる人は少ない。人を呼ぶ、または訪ねていく。そして直接会って議論する――。世の中を変えたいと思うなら、こうした積み重ねが大切だ。

 もちろん学生だけではない。あらゆる運動も結局は人と人。人を動かさなくては制度は動かないし社会は変わらない。(東)

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