メディア批評(8)―長沼石根
恣意的な解釈で国政曲げる
「ショウ・ザ・フラッグ」訂正記事では免罪されぬ
上海でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開かれている時期、偶々北京にいた。
「北京が上海に引っ越した」という知人の冗句は、政府の 要人がみな、APECに行ってしまったということ。中国で初の大型国際会議とあって、上海は戒厳令状態だったらしい。地下鉄も止まってしまったとか。通常10輛編成の北京発上海行き列車も5輛しか連結していなかった。 国際友好連絡会の招待で北京に来ていた土井たか子・社民党党首が、中国共産党国際部トップとの会食に誘ってくれた。 約2時間。話題はもっぱら米国のテロ事件で、米の報復行動や事件の背景に大きな関心を寄せていた。10月8日に訪中した小泉首相の言動を盛んに褒めるので、「同じ人物が一方で自衛隊の海外派遣に道を開いた。少し評価が甘いのでは」と私が口をはさむと、「中国はバカではない」と強い言葉が返ってきた。気迫に押されて朝鮮問題を切り出しそこねた。 その前日、土井さんは李鵬全人代委員長とも会っている。ポスト江沢民、自衛隊の海外派遣などをめぐって「仲々面白い見解を聞かされた」とか。同夜、在北京の特派員たちに懇われて会談内容を詳しく話したという。 中国のメディアは大きく扱ったが、帰国後、日本ではほとんど報じられなかったことを知った。少数政党ゆえの扱いか。だとしたら、メディアは日頃批判する「数の論理」でニュース価値を判断したのだろうか。 APEC直前の10月17日、読売新聞の編集局長がブッシュ米大統領と会見、18日付の紙面で大きく報じたが、どうも釈然としない。同紙によれば、会見は「大統領執務室で約30分、読売新聞、中国の人民日報、韓国の聯合ニュースの3社に限定して行われた」。 1面にはまるで証拠写真のように、大統領と編集局長の並んだ写真が載っていた。9面を全部埋めた「詳報」は、ざっと目を通すだけで15分かかった。質問事項はなくて、「APEC」「対テロ戦争と日本」「日米経済」「朝鮮半島情勢」など、テーマ毎に、ただブッシュ発言を載せているだけ。関連質問や反論の類はいっさいない。これが「記者会見」といえるのか。 メディア批判のなかに、最近の記者はリポーターどころか、記事のポーター(運び屋)ではないか、という厳しい指摘があることは、以前この欄で書いたことがある。 この会見記はその典型といってもいい。思うに、3社がそれぞれあいさつしたあと記念写真を撮り、あらかじめ出してあった質問状への回答文を渡されて終わり。 「出席を許されたのは…3社からわずか1人ずつ」「録音機器の持ち込みも許され」ない30分とは、その程度だろう。 ちなみに広辞苑で「会見」を引くと「一定の場所で対面すること」とあった。納得。 朝日は18日付で「北朝鮮総書記を米大統領が批判 韓国の通信社と会見」と聯合ニュースが配信した記事の要約を載せたが、内容は読売の「詳報」にある朝鮮関連部分だけ。もちろん、読売や人民日報には触れていない。こういうのも、どうかと思うけどね。 さて、APEC本番、私の関心は、前回のこの欄で触れた9月の「金正日・江沢民会談」を受けて、中国が北朝鮮の意向をどういう形で米国に伝えるかにあったが、首脳会談は米国のテロ対策をめぐる議論に終始し、朝鮮問題を持ち出すに至らなかったらしい。 試みにインターネットで検索してみたが、やはり出てこない。ここで新たな疑問がわく。この問題を中国や米国の関係者に問い質した記者はいなかったのだろうか。わずか1カ月前、金正日・江沢民会談を報じたメディア各社は、こぞって次の焦点をそこに当てていたではないか。これも前にふれたことだが、中朝会談の担当者とAPEC担当者が違っていて、両者の連係がない、ということか。 会期中、朝鮮問題が報じられたのは、ブッシュ・金大中韓国大統領会談などだけだった。その内容も、読売の「会見記」の域を出ていない。 結局、「上海APECは、国際結束の演出を狙った米国の主導によって、経済自由化をめざす本来の目的よりテロという政治問題が最大の焦点となる異例の展開となった」(22日付朝日)ということで、米国・中国・ロシアの大国ばかりが目立つ政治ショーで終わった。 テロといえば、事件直後にアーミテージ米国務副長官が柳井俊二駐米大使に述べた「ショウ・ザ・フラッグ」の訳語が話題になった。「日本の旗を見せろ」と言われ、遂には自衛艦の出動まで突っ走る契機となった発言だが、本来は「旗幟鮮明にせよ」という慣用句だったのである。 英語に疎い私は報道を信じるしかなかったが、同様に「後方支援」と訳された「ロジスティックス」も「兵站」と訳す方が適切らしい。(16日付毎日) 言葉は生きものである。といって恣意的な解釈で国政までねじ曲げるのは犯罪的である。メディアは巧みな訂正記事で軌道修正したが、それで免罪される程、軽い問題ではない。 前回、今年の「8.15」ではほとんどのメディアが「敗戦」を「終戦」と表現していることに触れたが、この機会に朝鮮問題に関して気になる言葉を2、3指摘しておきたい。 教科書問題には「日韓併合」や「京城」という表現が目立った。朝鮮半島を「半島」と省略するケースもよく見かける。前出の読売のブッシュ会見記でも「半島の安定」「半島統一」の見出しを使っていた。「半島人」という言葉を思い出し、不快な思いをした人が多かったのではないか。 10月3日、辛口コントで人気の松崎菊也のライブに行って、やはり無神経な言葉の羅列に反吐の出る思いがした。 金正日総書記のロシア訪問を、朝鮮語の隻句やキムチ、冷麺を折り込みながら、朝鮮語放送風に語って笑いを誘っていたが、この芸人は、日本人の朝鮮人差別が、まさに彼の語る日常性の中に根差していることに気づいていないらしい。彼の権力批判は、単なる営業用ポーズに過ぎないらしい。不快、不快。 反面教師にしても、3000円が惜しかった。 10月12日付の本紙を見ていたら、ピースボートで北を訪れた高橋哲哉東大助教授の一文に「食糧事情は厳しい時期を乗り越え好転してきていること」とあるのが目にとまった。 はて、日本のメディアは夏に「過去最悪」と報じていただけで、続報がない。新聞社の友人に問い合わせたが、首をひねるばかりだった。 平壌の知人は「9月に洪水被害があったが、近年にない豊作」と言っている。 飢餓報道に「悪意」を感じていた私の頭は混乱するばかり。正確な情報がほしい。 |