それぞれの四季

出会い

姜龍玉


 平凡な日常にも、思いがけない素敵な出会いがある。

 1月末の寒い日、朝高のサッカー部員たちを乗せて遠征に出発した観光バスは、途中大雪に見舞われて足止めを食らった。

 予定外の時間のロスに、同行した夫が気を揉む姿を想像したのだが、案に相違して携帯電話から響いてくる声は穏やかだった。遅々として進まないバスの中で夫は、運転手さんの話に惹き込まれていたという。

 50代半ばの柔和な表情の運転手さんは、20代から30代にかけて、外国を転々と渡り歩いたという。高邁(まい)な志というより、世界を自分の目で確かめたいという好奇心とわずかな所持金を手に、雄大な大陸へと挑んだ。

 たちまち底を突いた懐は働くことで補い、当地の生活習慣を楽しみ、異文化に触れ、時に戸惑いながらの放浪の長い旅は、地球をゆっくりと一巡りして終わった。

 忘れられないのは、戦地に足を踏み入れたこと。交錯する銃声の恐怖、飽食に慣らされた胃袋が知った飢渇、絶望にも見えるその地で信仰心を失わず懸命に生きる人々の美しい瞳に心打たれ、深い悲しみに胸をえぐられた。

 治療を受けることもなく、じっと死を待つ子供の枯れ枝のような体が脳裏に焼きついて、無力な自分の心に存在し続けているという。

 生の重みを噛みしめて、実直に、素朴に生きる人を身近に接して、新鮮な驚きと感銘を受けた夫。以後、運転手さんから時々届く心のこもったEメールは、私たち家族の心の垢を洗ってくれる。(主婦)

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