書評

「北朝鮮」(米国務省担当官の交渉秘録)
ケネス・キノネス著

人間味あふれる価値高い回想録


 人なつっこい笑顔、ジョーク、ユーモアを交えた聞き手を飽きさせない会話。著者の印象である。

 今年3月下旬、米国務省退職(朝鮮課の北朝鮮担当官)後に就任した米国のNGO(非政府組織)「マーシー・コー・インターナショナル」の北東アジア・プロジェクト代表として十数回目の訪朝を終えた著者は、「リンゴの苗を寄贈した。農業技術者を米国にも招待し、実が結ぶまで支援したい」と、流ちょうな朝鮮語で意欲を語った。

 外交官としての朝鮮との関わりから、一市民としての関わりへと、ワシントンの社会では「異例かつユニークな転身」である。

 それを可能にしたのは、本書のテーマである92年から95年の、「朝鮮の核疑惑」騒動をメインにした朝米外交交渉にメンバーの一員として加わり、激しい議論をたたかわせながらも、その合間の「裸の人間」としての触れ合いを通じて交じり合ってしまった「情」だった。

 その一方で、著者に待ち構えていたのは、まず「(コリアンの夫人の事も含めて)あなたは、なぜそれほどに朝鮮に興味を持つのか」という、繰り返し繰り返しの質問だったという。

 その問いには、昇進とは縁がなく、米国社会ではマイナーな朝鮮問題に関わることはプラスにはならない、という忠告と、「あなたは朝鮮の味方なのか」という「疑念」が込められていたという。所違えど、日本の官僚社会でも同じことがいえるだろう。

 だから、本書の日本語翻訳出版に際して、著者はわざわざ「北朝鮮との関係において、日本がより良き道を開く上で…一助となることを願っている」と、付した。

 表現は柔らかいものの、朝米基本合意を確かなものにするために不可欠な朝・日関係正常化、そして日本の責務である過去の清算を迫る言葉だといえる。

 本書の読み所は、「秘録」だけにすべてといえるが、とりわけ金日成主席との会見の内容、その折の基本合意の下地作りとなった朝鮮側とのやりとり(初公開である)がまとめられている「第五章 瀬戸際への旅」は圧巻である。

 また本書は著者も明言しているように、米国の外交文書によらない、著者のメモを基にしたものであるだけに、ここに収録された朝鮮側の発言の資料的価値は高い。

 同時期の朝米交渉を取り上げたものに、ドン・オーバードーファー(元ワシントン・ポスト記者)の「二つのコリア」(共同通信社)がある。併読すれば「核戦争もいとわず」との強硬姿勢を取った当時の米国の、実は「苦悩」がさらに正確に読み取れる。

 歴史を記録し情勢を分析するとはどういうことなのか、をも教えてくれる人間味あふれる回想録である。

 【501頁、発行所=中央公論新社、рO3・3563・1431、定価=3200円】(彦)

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