私の会った人

加藤 久さん


 湘南ベルマーレ監督。早大時代に全日本代表に選ばれ、以来、五輪、ワールドカップ予選などで守備陣の要としてたたかい「アジアの壁」の異名をとった。

 「南北朝鮮とは1985年のW杯予選で対戦した。平壌とソウルで試合をしたが、やはり一つの民族。試合の雰囲気が全く同じ。民族の伝統を背負っているから、その精神的な強さ、必死さの度合いが南北よく似ている。それにうらやましかったのはサポーターに大人が多く、サッカーを成熟したスポーツとしてとらえていることだった。日本だと若い女の子ばかりが目立って…」

 国際試合のたびに目撃した南北選手の自然なふれあい。「同じ言葉ですから違和感がない。グラウンドや宿舎で親しげに話しているのを見て微笑ましく思っていた。カタールのW杯予選でもお互いに、仲良く応援しあったと聞いた。そんな話を耳にするたびに南北朝鮮の人々の熱い思いをひしひしと感じる。1日も早く統一の日が訪れるのを願っている」。

 小学5年以来魅力にとりつかれてきたサッカーについて「アマもプロもない。そこにはプレーがあるだけという明快さ」と語る。

 マスコミからは現役時代、「闘将」あるいは「守護神」と呼ばれた。長い間、Jリーグの選手・監督と早大助教授の両立を果たし、今は、監督一本に。人生の岐路に立ったとき「僕より僕らしく助言してくれた」のが夫人だった、と照れながら話してくれた。(粉)

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