秋の夜長の読書


流麗な筆が描く修羅の世界
「山河寂寥ある女官の生涯」上・下

杉本苑子著(岩波書店/本体 1800円)

 この本は実に面白い。藤原摂関家は、平安時代から明治末期の1000年間、日本を実質的に支配した一族である。物語は「女官として、最高の位階を極めた藤原淑子の69年におよぶ生涯」を流麗な筆で描いたもの。全智全能をあげて闘いぬく権謀術策の世界。1000年前の王朝政治は、今にも通じる苛烈な政争と修羅の上に築かれている。それを見る女官の透徹したまなざしが冴えている。

 本書の魅力はもう1つ、冒頭から藤原淑子の家系を藤原関白家の傍流―難波蘰麻呂と明かし、「難波の家のご先祖はな、高句麗人じゃぞ。遠い昔、野菜の種を持って渡来して、日の本の民に瓜の植え方などを教えたそうじゃ」などと紹介する。全編に高句麗、渤海との交流史なども織り混ぜて、当時の日朝間の豊かな交流にもふれる。

 れっきとした百済王の流れをくむ百済永継の二男、藤原冬嗣を祖父とする「北家」の一門に生を受けた淑子。この一族には天皇家との婚姻を繰り返し、栄華の絶頂を極めた藤原道長もいる。朝鮮半島からの渡来の人々が、いかにして日本の政界に根をおろし、繁栄を築いていったか、興味がつきない。

受難に耐える女性への想い
「雷鳴」  梁石日著(徳間文庫/本体 495円)

 梁石日ワールドの根底には、受難を強いられた朝鮮民族とその歴史、とくに長い間、因習に縛られ、封建制度の犠牲となってきた女性たちへのピュアな思いが溢れるように流れている。この小説もそうだ。

 冒頭のシーンが暗示する。「どこまでも続く砂丘の彼方に深い闇が息づいている。彼女はいま、見てはならないものを見ようとしている自分の行為に、何かを冒涜する畏れを感じた…」。

 ヒロイン、李春玉は済州島の下級両班(貴族)の一人娘。18歳で名門尹家に嫁ぐ。夫はまだ10歳の周宣。没落貴族と成り上がりの結びつきは春玉に数々の試練と苦痛をもたらす。

  結婚生活は幼い夫から寝小便をかけられるという初夜から始まった。姑の貞姫からは全てに難癖をつけられ、さげすまれ、ののしられる。しゅうとの尹宗巌は、日帝の土地調査事業に積極的に加担し、小作農の土地を収奪する悪らつぶりだった。

  日本の過酷な支配によって人々が追い詰められていく様。夫や家につかえる女の頭上に降り注ぐ凄まじい暴力。それらがリアルに描かれていく。時代と外勢に抵抗する男と女の出会い。鮮烈な余韻を残す作品だ。

不条理と闘い続けた半生
「ユリ」  中澤まゆみ著(文芸春秋社本体 1762円)

 読み終えた後、こんなに幸福感を覚える本は、めったにない。日系米国人二世として歩んだユリの人生は起伏にとむ。不条理と闘い続けた人だけが得られる壮快感が、この本から立ち上ぼってくる。

 1921年、移民1世の両親のもとに生まれた彼女は、まもなく、第2次世界大戦の渦に巻き込まれ、家族と共に強制収容所行きとなり、アメリカ社会の人種差別の過酷さを身を持って体験する。

 ここまで読むと、その経緯は別にして、在日朝鮮人1世たち、とくにユリと同世代の朝鮮女性たちが日本の植民地支配で味わっただろう辛酸や民族差別を想起させ、ユリへの同情と連帯感で胸が切なくなるほどだ。

 ユリは2度ほど日本に帰ってきたが、その時の述懐が心を打つ。
 「日本がアジアを侵略し、蹂りんした歴史から学ぼうとしないばかりか、いまだに同じ国に住む在日韓国朝鮮人や被差別部落民、アイヌの人々や沖縄の人々に対して偏見を持ち続けていることを知るたびに、私の日本への思いはしぼんでいった。…」と。

 過酷な運命と闘い、差別される側の人たちと連帯したユリの生き方に共感する。

戦争責任をどう引き受けるか
「戦後責任論」  高橋哲哉著(講談社/本体 1800円)

 過去を反省するどころか居直り強盗のごとく振る舞い、国際社会を呆れ果てさせている日本。そんな中にあって、この問題と真しに向き合ってきたのが、哲学者の高橋哲哉氏である。昨年暮れ以降、5冊の本を出した。「戦後責任論」、「断絶の世紀 証言の時代」(徐京植氏との対談)、「私たちはどのような時代に生きているか」(作家・辺見庸氏との対談)、「石原都知事『三国人』発言の何が問題なのか」(内海愛子、徐京植さんとの編著)、そして訳書「不服従を讃えて『スペシャリスト』、アイヒマンと現代」(共訳)。

 どの本でも、日本人の1人として戦争責任をどう引き受けるかについて明せきに論じた。とくに「戦後責任論」では、「日本人としての」戦後責任という考え方を提示しながら、「日本の戦後責任は植民地支配責任を含む戦争責任から出てくるのであって、罪責としての責任なしに日本の戦後責任はない」と述べ、その罪責としての戦後責任の中心には、「日本の戦争犯罪者の不処罰の問題が横たわっている」と鋭く指摘する。本書は今夏、ソウルの歴史批評社からも翻訳出版され、各紙に取り上げられた。

日本語版TOPページ

 

会談の関連記事