米軍基地と沖縄を問う

演劇「魂込め」(目取真俊原作)

「もう障壁を作ってはだめ」


分断、在日の歴史、慰安婦のハルモニ・・・
重ねあわせ役作りに励む南の金泰希さん

 クリッとした目、やさしい口調。「他の人に比べて日本語が上手ではないので、人一倍努力している最中です」。さわやかな笑顔で笑い飛ばしたが、役作りに取り組む姿勢はまじめそのものだ。質問に一つひとつ丁寧に答える視線からもそれは伝わってくる。

 沖縄出身の芥川賞作家・目取真俊(めどるま・しゅん)さんの作品「魂込め(まぶいぐみ)」が舞台に上がる。都内の劇場で25日から始まるその舞台で、金泰希さん(30)は堂々と主人公役を演じる。

 ソウル生まれの彼女は、演劇の勉強のため8年前から日本で生活し、現在、日本大学大学院芸術学研究科博士前期課程で映像芸術を専攻している。また、アルバイトとして衛生中継のKNTVで在日コリアンの生活と情報を伝える番組(週1回放映)のアナウンサー、ラジオ・NHKハングル講座でスタッフのアシスタントもしている。

 そんな彼女にとって演劇は3度の食事よりも大事なもの。「私が生まれる前から演劇をしていたオモニは、演劇では生活ができないと私に演劇を何ひとつ教えてくれなかった。でも同じ血なのか、幼い時は近所の友達と演劇ごっこをしては、自然と演劇に執着心を抱きはじめた。もう、今は捨てるにも捨てきれないほど、演劇は私の肉となり、骨となっている」。

 地道に練習に励んできたが、なかなか舞台にあがる機会を得られなかった。しかし昨年、大阪である劇団が主催したセミナーで演技を披露し、今回の「魂込め」の脚色・演出家である藤本聡さんに認められ、主人公役を演じることになった。「やっと、舞台に上がることができて、とても嬉しい」という金泰希さん。

 今年の川端康成文学賞受賞作の「魂込め」は、沖縄の独特な風習を題材にし、様々な角度から戦争と米軍基地の問題を浮きぼりにした秀作だ。

 幸太郎は、乳飲み子のころ戦争で両親を失った。そこからくる不安のせいか、幼いころからよく「魂」を落とした。そのたびに、近所に住む母代わりの老婆ウタによる「魂込め」が必要だった。ましてや幸太郎は今回、50歳を過ぎたというのに、「魂」を落としたばかりか、口に大人の拳ほどもある大きなアーマン(オカヤドカリ)が潜り込むという異形の姿と化した…。幻想的な物語は、一挙にあの沖縄戦の記憶に繋がってゆく。

 ウタの役を演じる金泰希さんは、役作りのために読んだ沖縄戦などの歴史を通して「内なる植民地」の現実を知る。

 「自然と故郷、家族を愛するということは、沖縄の歴史と米軍基地問題とは何であるかを考えさせる舞台にしたい」と言う彼女は、分断された祖国と今の南の現実、在日が歩んできた歴史などを重ね合わせながら、迫力一杯に演技をこなす。

 これまで上野、三河島、大阪などに住む同胞たちの姿と、アナウンサーをしながら接した「従軍慰安婦」のハルモニの姿、南北首脳会談後、和解へと向かう南北の民衆と在日の姿が脳裏を過ぎる。この間、南北首脳が握手をかわした姿に何度も涙したと言う金泰希さん。

 「もう障壁を作ってはだめ」と、今回快く取材に応じてくれた彼女のせりふの中にこんなくだりがある。「ヒロシ、ファイトだよ! 強い意志さえあればかなえられないことなんてないんだから前を向いて顔を上げてその手でつかみとりなさい」。(舜)

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