在米同胞社会洗う「時代の変化」

揺らぐ「閉ざされた社会」


壁を崩す民族への共鳴

 「北(朝鮮総聯)に対するイメージが変わった」。3月の東京朝鮮中高級学校高級部舞踊部のニューヨーク、ロサンゼルス公演を同行取材したおり、観覧した在米同胞たちの多くが語っていた感想である。カーテンコールの後、舞台と一体となって「我らの願い」も口ずさんだ。彼らの社会にも確実に、「時代の変化」は訪れていた。



反共教育の呪文

 現在、一定の生活基盤を築いて暮らしている在米同胞の大多数は、1960年代から80年代にかけて米国に渡った人々である。当時、南朝鮮は軍事政権下にあった。海外に移り住んでも、その時代の記憶は残っている。彼らは、南朝鮮における民主化運動を体験することもなく、その後の社会の変化を実感する機会も持たなかった。在米同胞は、「本国の人間よりも保守的」だといわれるゆえんである。

 コリアンタウンのような同胞居住地では、英語を知らなくても生活に困ることはない。韓国日報、中央日報などの新聞を読み、ソウルと同じテレビ番組を観ている。生活環境は、南朝鮮に住んでいた頃と変らない。自分が受けた反共教育の呪縛から抜けだせず、北に対しては歪んだイメージを抱き続けてきた。

 最近、そのような状況が変りつつある。「朝米関係の進展がインパクトを与えていると思う」。インターネットで「民族通信」というニュースサイトを運営している盧吉南氏は、南朝鮮の「太陽政策」よりも、北との関係改善を進める「居住国の政策変化」が在米同胞の対北観に影響を与えていると指摘する。

「民族」のメッセージ

 在米同胞は、自らの意志で米国に渡った。生活の基盤を築くため、英語を学び、「コリアン・アメリカン」として生きる道を追求してきた。何とか安定した生活を送れるようになり、次の世代にバトンを渡す時期になった。

 「大人たちはアメリカナイズされた若者を見て、民族的アイデンティティーをうんぬんするけど、彼らに解決策があるとは思えない」。日本留学の経験がある金宰※(※=大の両側に百)氏は、公演の準備過程で在米と在日の交流の必要性を改めて感じたという。

 日本と米国では、同胞を取りまく環境は異なる。米国は「多民族国家」だが、コリアンという民族の観点から見た場合、在米同胞が「より開かれた生き方」を実践していると言えるだろうか、と疑問を投げ掛ける言葉をあちこちで耳にした。

 「コリアンタウンを御覧なさい。店の看板も飲食店のメニューも全部ハングル。他者との交わりが無い隔離された世界で本当に民族的アイデンティティーを確立することが出来ますか。でも、在日同胞の中には日本の厳しい社会状況の中で、それを立派に成し遂げた人たちがいる」(金宰※(※=大の両側に百)氏)

 「北の芸術」として接した公演で在米同胞は、特定のイデオロギーではなく「民族」のメッセージを受け取った。つまり、「北も自分たちと同じ民族、海外には自分たち以外にも多くの同胞がいる」と。

南と北をつなぐ

 今、在米同胞社会は、最初の世代交代の波に洗われている。そしてそこで語られているのが、旧世代のコミュニティーの限界、である。自分たちの生活を客観視できるだけの余裕を持つようになって、より広い「コリアンの世界」があることに気づき始めたのだ。

 「朝米関係が進展すれば在米と在日はもっと近くなる。経済や教育など多方面にわたって協力関係を築くことができる」。公演の後、長年、統一運動に携わってきた金賢換牧師は今後の展開について語った。

 異なった背景を持つ海外同胞がそれぞれから学び、その出会いによって北と南をつなぎ、民族和解と統一への歩みとしよう――。時代の転換期、北との繋がりを持つ在日同胞が果たせる「特別な役割」についてヒントを与えてくれる在米同胞も少なくなかった。

 「我らの願い」を口ずさむ在米同胞たちの姿。コリアンを隔てていた様々な壁が崩れさることへの期待感を垣間みた思いがした。 (金志永記者) 

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