春・夏・秋・冬 |
地元新聞でしかほとんど取り上げられないので、広く知られることはないが、例年この時期、議会が休会となる地方議員などが大挙して朝鮮を訪問している。今年は、太田・沖縄前知事の名前も見えた
▼日本の敗戦後、米国の極東軍事戦略の砦として米軍の中でも最強の海兵隊が航空兵力を擁した軍団規模で駐留し、今年米国の敗退、戦争終結から25周年を迎えたベトナム、そして朝鮮半島に向けて臨戦態勢を取ってきた ▼日本に返還はされたものの、その後も事実上は治外法権下に置かれ、少女暴行事件など痛ましい事件が相次いだ。沖縄民衆の怒りが爆発したことは、1度や2度ではなかった ▼その沖縄が太田県政の下で、かつての平和な生活をと、米軍基地の撤収を求めて米国議会に直接、談判するなどの行動を取ったことは記憶に新しい。また同時期、沖縄では台湾、中国・福建省などの海岸地域、そして朝鮮半島との経済、文化圏構想が語られ始めた ▼古来、琉球王朝時代に盛んだったこれらの地域との海上ルートを通じた交流を復活させ、相互努力によって経済の活性化と意思疎通を深め、かつてのような平和共存の道を探ろう、というのが目的だった。太田知事はその志、半ばにして退くことになったが、構想そのものが挫折したとは、まだ耳にしていない ▼いや、沖縄にあってはこれら地域との交流は日常的なものだったので、保守、革新という党派の枠は障害にはならないという話を聞いたことがある。地方からの「追い風」をもっと期待したい。(彦) |