恥べきは自分ではなく、日本政府
「海南(ヘナム)の空へ」の著者、
南朝鮮の元「慰安婦」金允心さんに聞く
「統一されれば、北のハルモニたちと思う存分恨(ハン)を晴らしたい」
「南北首脳会談合意の劇的なニュースを聞いて、私は今、大変な感動に包まれている」。過去、日本軍によって性奴隷にされた南朝鮮の元「慰安婦」の1人、金允心(キム・ユンシム、71歳)さんは、自身の過酷な体験を綴った手記「海南(ヘナム)の空へ」の日本語訳出版を記念して来日した。15日、自身も登場する、東京・BOX東中野で上映(4月1〜28日)された南朝鮮の元「慰安婦」たちの記録映画「息づかい」(邊永※(※=女偏に主)監督)上映前の舞台あいさつで、「こんな悲劇を二度と起こさないで」と、観客に呼びかけた金允心さんに胸の内を語ってもらった。 1930年、全羅南道の南端の町、海南の裕福な家庭に生まれる。14歳の時に友だちとゴム跳びをしている最中に日本軍人に連れ去られ、中国ハルピンの 慰安所 に送られる。その時から地獄の日々が続いた。 畳み2枚分ごとに仕切られた部屋で暮らした。与えられた食事は1日3回、塩水をぬったおにぎりだけだった。夜になると、軍人が無慈悲に、情け容赦なく襲いかかってきた。中には、銃と刀をぶら下げてくる軍人もいた。犯されて、体中は病んだ。軍人はそれに気を止めず、決まって下着を両手で引き裂いて、暴行を加えた。 このような地獄の生活の中でも なんとしても生き残って、コヒャン(故郷)に帰り、オモニに会わなければ と、歯を食いしばって生きたという金允心さん。 脱走を試みる。死線をくぐりぬけ、中国船に乗り込んで45年に、祖国に戻ることができた。 「迎えに来たオモニと私はしっかり抱き合って号泣した」。幼い娘を日本軍に強制的に奪われた後、あまりの怒りで病気になり、鼻の中にできものが生じ、息もうまく吸えなくなってしまったオモニであった。 「仕事と娘のことだけを考えて、過去をみんなに知られないように生きてきた。でも、日本政府などが韓国の女性たちは貧しいから『慰安婦』になったのだという嘘に耐えきれず名乗りでた元『慰安婦』のハルモニたちの姿を見て私の人生は変わった。恥ずべきは自分ではなく日本政府だと思ったから」 とうとう々と語る金允心さんは、「韓国挺身隊問題対策協議会」に加わって、自分の手記をまとめることにした。日記のように綴った自伝が98年に出版され、全泰壱(チョン・テイル)文学賞を受賞した。 映画「息づかい」の場面にもあるように、娘には過去を語ってこなかった金允心さんだが、娘はその手記を読んですべてを知っていた。驚きながらも、そのままミシンに向かう金允心さん…。 朝・日国交正常化交渉の過程は「韓日条約」を正す過程にしなければならないという見解(南朝鮮の歴 「同感だ。元『慰安婦』ハルモニたちは、空疎な言葉で『謝罪』を表したかのような韓日条約に不満を抱いている。この流れが日本の国家的謝罪と補償への大きな弾みとなって展開していくことを期待したい」。そして「いつしか、統一されて、北にいる元『慰安婦』ハルモニたちと共に思う存分過去の恨(ハン)を晴らす日が訪れることを願いながら、これからも精一杯頑張っていく」と、金允心さんは言葉を結んだ。
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