「危機こそ好機なり―21世紀アジアの挑戦」
鄭周永 著
「考えるブルドーザーの半生記」
南朝鮮最大の企業グループ「現代」を一代にして築きあげた鄭周永の自叙伝である。コリアン・ドリームのサクセス・ストーリーと読まれる場合が多かろう。しかし、この自叙伝は次の3つの点から、単なる立身出世伝に終わっていない。 1つは、一企業人の実体験に基づいたうえで活写された、優れた南朝鮮現代史になっていることである。 南朝鮮の現代史は、ともすれば政治の側面に偏って見られがちで、経済にしても開発独裁や従属経済という範ちゅうでしかとらえられなかったきらいがあったことは否めない。 しかし貧困と後進性から脱するために必死に働き、時々の「政権」の理不尽な圧力に翻弄されながらも、企業家や労働者は力強く生き抜いてきたのだ。産業を興す資金にも事欠き、資源もない発展途上国が、こんにちの経済的繁栄を築くことができたのは、基本的に働く者たちの貴い汗があったからである。その当然のことに今更のように気づかされる。 2つには、実直な人柄と歯にきぬ着せぬ物言いに表れる彼の人間的魅力に支えられた、滋味深い人生論になっていることである。 貧農の子に生まれ、学歴もないながら、持ち前の楽天性とプラス思考で生きた企業家の生き方は、まさに災いを福となし、危機を好機とする半生であった。 「現在を真しに生き、より良い未来に対する夢を持ち、働くことをいとわず、どんなに小さな実りにも幸せを感じる人ならば、誰でもそれなりの成功をおさめるだろう」 自分をあくまで労働者、建設人とみなし、働くことに無上の喜びを見いだす彼の生き方は、多くの勇気と示唆を与えてくれる。 3つには、企業家としての生き方がいかなるものであるべきかを、身を持って示していることだ。 彼は無我夢中で働き、気づいたら南朝鮮一の富豪になっていたが、「財閥」と呼ばれることを最も嫌がり、裕福であることに罪悪感さえ感じているようだ。 そして、つねに国家と民族のために企業活動を行なっているのだという気概に燃え、「愛国心」「国家利益」「祖国統一」を信条とする企業家であるがゆえに利益を社会や弱者に還元したり、思想信条的には異なる北側との経済交流、とくに「金剛山観光開発」へと彼を自然と向かわせているのだということが、一読しただけでもよく理解できる。 鄭周永は1001頭の黄牛を引き連れて、北を訪れた。北に故郷がある彼は、66年目に故郷に錦を飾ったのである。1000頭に1頭を加えたのは、終わりではなく新しい始まりにしたいという思いを込めてであった。彼が訪北したのは個人的な思いもさることながら、一経済人が民族と国家のために何ができるかを考えた結果にほかなるまい。だからこそ、金正日総書記は彼を愛国人士として迎え、会見したのだろう。 無から有を生みだし、不可能を可能にする「考えるブルドーザー」の半生記は、私たちに豊かな統一祖国の建設への希望と夢をも与えてくれる。 (哲) |