朝・日の在野研究者の集い―朝鮮問題研究会
会報に成果を発表、著書も多数
主体性をもって、近・現代を共通テーマに
「海峡」を越えた交流
今から27年前、73年の春、「在野の研究者が集まり、 海峡
を越えた草の根の学問交流を」と、在日同胞と日本人研究者たちによって勉強会が作られた。名は朝鮮問題研究会。以来、月に1回のペースで研究例会を開き、それぞれが報告、討論を通じて意見を述べあい、研究を深めてきた。また、翌74年からは会報「海峡」を刊行し、朝鮮問題研究者の目を引く論文、資料などを発表してきた。これまでの経緯と成果を追ってみた。
自由な場を通じ、27年間も持続
会の発足以来、一貫して日本人の対朝鮮観、民族教育観を取り上げ、数々の研究成果を世に送り出してきた小沢有作さんは、当時を振り返りこう語る。
「朝鮮問題について、朝鮮人と私たち日本人ひとりひとりが歴史的に文化的に深く学ぶ必要があるんじゃないかというので、志を一つにした仲間が集まった。発足するにあたって意見の一致をみたのは、硬直した運動の課題なんかを掲げず、みんなが自分のやりたいことをする、ということだった」
一歩踏み込んで説明すると、「会員が日本人として、また朝鮮人としてそれぞれの主体性を持ちつつ、近代・現代朝鮮の研究という共通のテーマを深め」ようということだ。
当時の会員は6人。「海峡」創刊号(74年12月)を出す段階で9人に増え、その後、入・退会があり、現在は9人で運営されている。
運営の基本は、月1回の研究例会における輪番制による報告にある。その研究成果を発表する「海峡」の発行資金は、会費を積み立てたものに拠っている。
会が27年も息長く続いた理由は、責任者・代表がいないこと、そして、すべてが民主的かつ自由な雰囲気のもとで行われてきたことにあるという。
この間、研究報告にとどまらず、世界、朝鮮、日本をめぐる状勢の変化に対応して、時局的な問題についてもそのつど適切な指摘を行ってきた。
例えば「日本と朝鮮の間に横たわる 橋のない海峡
の象徴」であるともいえる「チマ・チョゴリ事件」に対して、強い憤りを表し、今後このような事件は決して繰り返されてはならないと指摘(17号)した。また、アジアに背を向ける言説と歴史教育――いわゆる「自由主義史観」の主張にも、反論(18号)を加えてきた。
日本の朝鮮認識を正すうえで貢献
小人数の会だが、これまでの研究を通して積み上げてきた成果は小さくない。
東京朝高(5期)を卒業し、法政大学に進学した後、長期にわたって朝鮮文学を研究している任展慧さんは、同大学出版局から「日本における朝鮮人の文学の歴史―1945年まで―」(94年)を刊行した。その研究はきわめて実証的なものであると高く評価され、94年度の毎日新聞出版文化賞奨励賞を受賞した。
「在日朝鮮人教育論・歴史編」(亜紀書房)の著者である小沢有作さんは、日本における朝鮮人学校の制度的差別問題を歴史的、現状的に分析し続け、数々の論文を発表している。ちなみに同書は、昨年南朝鮮のヘアン出版社から「在日朝鮮人教育の歴史」という書名で刊行された。
かつて、日本帝国が朝鮮で行った諸行為を被害者である朝鮮民衆の視点から研究している樋口雄一さんは、「協和会」(社会評論社)などを上梓し、「海峡」最近号(19号)では、「朝鮮における徴兵制の実施過程(一)」を発表した。
植民地教育問題を追い続けている佐野道夫さんも、「近代日本の教育と朝鮮」(社会評論社)を上梓した。
そのほか、「戦時下朝鮮人・中国人・連合軍捕虜強制連行資料集」(全4巻、緑陰書房)を編集した長澤秀さん、「日本人民反戦同盟資料」を不二出版から編集刊行した井上學さんなど、会員たちの地道な研究は、日本人の朝鮮認識を正すうえで少なからぬ貢献をしてきたといえる。
「海峡」で我が子の成長と在日朝鮮人としての生き方について、親や周辺の状況を交じえてエッセーなどを書いている高秀美さんはこう指摘する。
「継続の重みを痛感する。これからも朝鮮と日本に横たわる海峡に、平和と親善の橋を架けていきたい」
小沢さんは、「現状について色々と論じる人はいるが、自分の足で徹底的に調べ、歴史的検証に耐えうる研究成果をものにしている人はどれくらいいるだろうか。とくに在日の若い研究者たちは、自分の歴史をしっかりと勉強していくべきだ」と強調していた。(金英哲記者)