この人と語る
国際政治学者 進藤榮一さん
日本のメディアはなぜ「慌てるな」と言うのか
朝鮮の統一、日朝国交が日本の未来を開く
――朝米関係が新たな局面を迎えています。オルブライト国務長官に続き、クリントン大統領の訪朝が予見されている現情勢をどう見ていますか?
●大変良いことだと思う。冷戦が欧州で終結して10年。朝米関係の急進展は、アジアに残存していた冷戦の最大の壁が、崩れようとしていることを意味する。朝鮮半島での冷戦崩壊の予兆を感じてはいたが、こんなに早く進展するとは正直予想できなかった。歴史の転換は、人知を超えたスピードで動いている。 米国の対朝鮮政策の転換は、南北首脳会談を機に急速に行われてきたが、実際には、昨年末から今年初めにかけてその動きが始まっていた。1994年の朝米合意後、特にペリー朝鮮政策調整官の朝鮮訪問と報告書の発表後、今日の路線が明白に準備されていた。 今年2月の段階で、オルブライト国務長官が朝鮮を「ならず者国家」リストから外す意向を示唆していたという情報もワシントン周辺から出ていた。米国の対朝鮮政策決定のプロセスには色々なしがらみがある。対決論を提唱する冷戦派と、朝鮮との冷戦終結を模索する協力的安全保障派の間には軋轢があった。それが6月の南北首脳会談で流れは一気に脱冷戦に傾いた。その動きが米国の予想を完全に越え、衝撃となって、歴史の転換を促進させた。 朝米関係の進展は米国、南朝鮮の動きだけによるものではない。例えばスウェーデンの現駐米大使の話によると、ヨーロッパは人道支援に政治的条件を付けるべきではないとの立場から、EUとして早い段階から朝鮮に対する人道支援と国交推進を始めた。 また、世界銀行の東アジア主任担当官は、朝鮮は誇りを重んじる国だから、対話する時には米国のように敵視せず、世界の一員として接しなければならないと強調している。このような考えで朝鮮と向き合った結果、EUでは朝鮮という国がとても解りやすい国だということが分かったという。 朝米関係の進展は、単純な2国間関係の改善ではなく、多国間外交の発展をも意味する。国家対国家の枠を超えた、より幅広い国際社会の対朝鮮交流や接触が原動力となって、朝米関係を突き動かしたと言える。これを見落とすと、日本は判断を誤るだろう。 ●とても大きな影響を持つ。米国が国際政治において強大な影響力を持っている現状からすれば、朝米関係が改善され国交樹立に向かうということは、西側諸国も朝鮮半島の冷戦の壁を崩す流れに乗るだろうと思う。無論、米国の次期政権が共和党政権になれば一時的なゆり戻しはあるだろうが、歴史の流れを逆転させることは出来まい。 朝米関係の改善には、民主党だけではなく共和党の外交政策関係者らも共感を示している。事実、ブッシュ政権が誕生した場合、国防長官への就任が有力視されるアーミテージもペリー報告書に賛成しているし、国務長官の有力候補であるウォルフウィッツも、基本的には今の流れに反対していない。 米国務省の朝鮮半島担当者は、南北和解は止めることが出来ないと判断し上層部に報告している。そういう面での米国の政策転換はとても早い。今日の朝米関係の劇的な変化は、かつての米中関係改善をほうふつさせる。 その一方で、ペンタゴンはこの動きが自らのプラスにはならないものと見ている。日本の防衛庁や自民党も同じだ。その動きをまったく無視するという事はできない。彼らは、中国を東アジアの新たな脅威の主対象とみなしている。しかし、直接刺激するわけにはいかないので、北朝鮮の脅威を口実にNMD、TMDを推進しようとしている。しかし、それは簡単にはいかないだろう。 日本はこれ以上ばく大な軍事費を支出し軍備を増強する必要がない。日本は世界で2、3位の軍事費を維持しているがこれを削減しなければならない。冷戦は終結したのだ。ドイツは半分に削減、イギリスは2割、米国は3割、イタリアが3割削減するなど、世界は軍事費を削減しているが、唯一日本だけが、削減していない。そればかりか、隣国朝鮮への敵視政策を続け、排他主義を強め、政権安定に悪用している。日本の「島国根性」というか、特有の狭小さが出ている。 ●丸山真男氏は1980年代に、近未来の日本の政治は朝鮮問題を軸に展開し、「朝鮮脅威論」が沸き起こり排他的民族主義が台頭し、保守政権の強化につながっていくだろうが、日本は、米中関係改善の時のように、米国が電撃的に動いた後に慌てて後追いするだろうと予測している。今から見るとまさにその予測通りではないだろうか。 日本のメディアと政党はなぜ「慌てるな」と言うのか。それは自らが過去に「朝鮮脅威論」を煽ってきた事実に対する責任を回避しようとしているからだ。マスコミ、知識人、特に「朝鮮問題専門家」と称する人たちは、朝鮮の脅威がなくならない限り国交正常化する必要はないと主張する。私は逆に、日本は率先して朝鮮と国交正常化すべきだと考えている。 日本のメディアと専門家たちは、国民感情があるから拉致疑惑やミサイル、核問題などを先に解決しなければならないと主張するが、拉致問題といえば、日本は植民地支配当時、どれだけ多くの朝鮮人を拉致、強制労働、殺害してきたのか。これに対する謝罪と補償を進めるという立場を、日朝国交交渉の過程で明確にすべきである。 その責任を果たさずに日本は国際社会で真に名誉ある地位を得ることは出来まい。根拠のない「朝鮮脅威論」を繰り返すのは、日本の国際感覚、歴史感覚の乏しさを表している。朝鮮の統一、朝鮮との国交が日本の未来を開くという事実を、直視すべきであろう。(取材・構成 崔憲治記者) ◇素顔に触れて◇ 歪められた「朝鮮像」正す 欧州で始まった冷戦終結の風が、20世紀末、とうとう朝鮮半島に吹き始めた。国際政治学者として大きな感慨を抱いている。 発売後すぐ重版された編著書「動き出した朝鮮半島―南北統一と日本の選択」(日本評論社刊)の前書きでこう書いた。「(金正日総書記)の機知に富みエネルギッシュで、時に饒舌ともいえる映像が、私たちの持つ歪められたイメージとどれだけかけ離れていたことか。…それは、巷間伝えられ、朝鮮問題専門家たちの伝えてきた実像なるものと、およそ異質なものであったと言わざるをえまい」。 憶測と偏見、不正確な記述に基づく「北朝鮮像」が闊歩する日本。その歪められた朝鮮認識を正す活動をここ数年、精力的に続けてきた。とりわけ進藤さんが憤るのは、多くの朝鮮ウォッチャーたちが「民主主義の勝利」に酔いしれながら、民族蔑視と全体主義独裁論を振りかざして、安手の人道主義的人権論を介在させ、「拉致問題」と対日侵攻シナリオを結びつける北朝鮮脅威論の神話である。 冷戦思考と民族蔑視の呪縛から日本が解放されるにはどうすべきか。「1910年の日韓併合条約が合法性をもち、それが大勢の国際法学者の支持を得ている、国際法学会でその合法性が承認されているという議論は過去の植民地主義史観の裏返しではないか。国際法学会のそうした見方自体が、先進国中心の国際法の論理に基づくものです。そうではなくて、西ドイツがポーランドに示したように戦争を引き起こした歴史的な罪というものをはっきり認識して、その罪を償う姿勢を堂々と示していくべきだと思う」 それがアジアとの共生と外交の復権とを指し示す道だと説く。(粉) プロフィール 1939年、北海道生まれ。61歳。京都大学法学部卒。同大学院修了。ジョンズホプキンズ大学、ハーバード大学、プリンストン大学などの研究員を経て、筑波大学教授。米国、カナダ、メキシコ、デンマークで客員教授。21世紀政策構想フォーラム代表理事。「現代アメリカ外交序説」「現代紛争の構造」「現代の軍拡構造」「非極の世界像」「アジア経済危機を読み解く」など多数。 |