読書


ジェンダーの視点で問う
「戦犯裁判と性暴力」/内海愛子・高橋哲哉 責任編集

 20世紀は戦争と女性に対する暴力に満ちた時代だった。中でも日本軍性奴隷制は、最大規模の悲惨な戦時・性暴力だった。日本敗戦後、生きて故国へたどり着いても半世紀もの間、沈黙を強いられてきた被害女性たちが、90年代に入ってアジア各国で相次いで名乗り出た。彼女たちは日本政府に真相究明、公式謝罪、国家補償、責任者処罰などを求めてきたが、日本政府は今でも法的責任を認めていない。

 敗戦から55年。日本国内では、侵略戦争や植民地支配を正当化し、「慰安婦」制度を肯定する勢力が台頭している。VAWW―NETJapan(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)は、今も苦痛の中に生きている彼女たちの尊厳の回復のためにも、世界の女性たちで国際的な民間法廷として日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」を、12月、加害国日本の首都で開くことに決めた。

 「女性国際戦犯法廷」を開くに当たり、VAWW―NETはジェンダーの視点による戦争責任の徹底的な問い直しを始めた。その成果の1つが本シリーズである。また、現在の紛争時の人権侵害への取り組みも明らかにされている。

積年の記憶の咽び
「忘れ得ぬ人々」柳春桃著

 少女兵は青白い月を見上げてたずねました/「あの飛行機はどうして私たちを撃つの? 私たちの土地なのに!」/青白い月は「私にもわからない」と答えました。(収録詩「月と少女兵T」より)

 朝鮮戦争(1950年〜53年)時、ソウル女子医科大学の学生だった作者、柳春桃(ソウル在住)氏は、当時南下してきた朝鮮人民軍の義勇軍軍医として参戦した。

 人民軍の純潔さにひかれ入隊したという彼女は、その後「国家保安法」と反共主義が支配する南の地で沈黙を守って生きて行かなければならなかった。しかし、数十年という時を経て、かつて「智異山女将軍」と呼ばれた非転向長期囚鄭順徳氏との出会いをきっかけに、心に秘めてきた過去の経験を詩に綴ることになった。この詩こそは積年の沈黙がはじけてうまれた「記憶の解放の時代」の咽(むせ)びであろう。

 自らを「失語症にかかった非転向長期囚」だと言う彼女のこの詩集は、彼女の心の叫びであり、同時代を生きてきた民族の悲痛な叫びだ。

 この詩集を読み終えると、登場人物たちと共に作者もまた「忘れ得ぬ人」として胸に刻まれることになるだろう。

新聞が堕落した社会は…
「渡邊恒雄 メディアと権力」魚住 昭著

 「このままいけば、戦後の憲法が掲げた自由・平等・絶対平和の理念はやがて跡形もなく消えてしまうにちがいない。そうした潮流をつくりだすうえで渡邉氏が果たした役割は限りなく大きい」(あとがきから)

 現読売新聞社社長渡邉恒雄氏。「世界一の発行部数を背景に政界を動かす異色の新聞人」にのぼりつめた氏の足跡を描いた。人間の心の中にひそむ、あらゆる弱さや醜さを知り尽くし、それらを利用することに長けた者だけが強大な権力を手にすることができると説く、マキャベリズムを忠実に実践する氏の人間像もさるものだが、権力と化した新聞の恐ろしさが不気味だ。

 さらに「日韓条約」締結の際の暗躍。著者の指摘は鋭い。「植民地支配の償いとして韓国民に還元されるはずだった巨額の『賠償金』。それは日本企業にとって韓国進出の絶好の機会となり、日韓政財界の癒着を生んだ。戦争や植民地支配に苦しんだ人々を置き去りにしたまま…」

 「社論」の名のもとに「戦前の皇国ナショナリズムの復活」が追求され、民主主義が侵されて行く赤裸々な内情。「客観、公正」を唱える新聞が堕落したとき、社会は…。

死者への愛と連帯
「生きるこだま」岡部伊都子著

 1人の女性として、日本の侵略戦争の原罪を背負い、そこから決して目を背けず50年あまり執筆し、発言し続けてきた文筆家・岡部伊都子さん。

 1954年以来、執筆生活に入った岡部さんは、美術、伝統、自然などを、日々を生き、暮らす中から綴り、また、戦争、沖縄、差別、環境などに鋭い問題意識を持ち、執筆や講演を通じ発言を続けてきた。朝鮮の統一や在日朝鮮人問題にも心を寄せ、様々な支援を惜しまない人でもある。

 本書は農村婦人問題研究家の丸岡秀子、法学者の末川博、社会主義運動家の荒畑寒村、戦争に若き命断たれた実兄、婚約者、被爆した友人…。逝ったあともなお忘れ難い印象を止める人々との親交を結んだ日々を振り返りつつ、そのひたむきで厳しい生の軌跡をたどり描きあげたレクイエムである。

 まさしく岡部さんは死者への愛と連帯を通じて、人間が真に生きる意味を問うているのだ。特筆すべきは真しな思索を通して愛する人を戦場へかりたて、死に赴かせた痛切な加害責任の自覚を通して日本人全体の戦争責任にたどりついたことである。本書はその美しい魂の軌跡。

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