取材ノート

民族文化の財産


 東京・江戸川のデイハウス「うりまだん」を訪れた時のこと。「チャンフナ(王手)!」、ハラボジたちの元気な声が外まで聞こえてきた。朝鮮将棋に興じているのである。「にぎやかな遊戯」と言われるだけあって、指し手もギャラリーも黙ってはいない。

 朝鮮に向かう貨客船「万景峰92」号の中でも、同じ場面に出くわしたことがある。いつもは寡黙な祖国の船員たちが、この時ばかりは互いに負けじとばかりに大声で対局していた。

 在日1世たちにはなじみ深い朝鮮将棋だが、3、4世たちが大半を占めるようになった現在では、指し方を知る人も段々少なくなってきている。

 そんななか、3、4世たちに民族文化を受け継いでほしいという熱い思いから、自ら朝鮮将棋の入門本を作ってしまったのが、京都在住の朴健治氏。御本人は在日2世だが、父親をはじめ1世同胞から手ほどきを受けた。

 本書のプレゼントコーナーを設けたところ、多数の応募があった。「平壌で将棋盤を購入したが、やり方が分からないのでぜひほしい」といった主婦や、「学校で習ったのでまたやりたい」という小学生まで様々だ。

 朴氏の本によると、日本帝国主義による植民地支配時代は、「民族心をあおぐものだ」として小学生が学校に将棋盤を持ち込むことすら禁じられたそうだ。朝鮮将棋をひそかに指すこと自体がレジスタンスであったという。逆に言えば、それだけ民族文化にとって貴重な財産だといえる。

 異国の地で民族心を守っていくためには、文化を守っていくことが大切ではないだろうか。歌や踊り、風習、そして将棋に代表される民俗遊戯。そのための材料を提供していくことも、本紙記者としての務めだと思う。(文聖姫記者)

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