同胞の喜怒哀楽を喜劇風に展開
「イカイノ発コリアン歌留多」−著者・金蒼生さんに聞く


キム・チャンセン(本名・金斗錫) 
1951年、大阪猪飼野生まれ。日本の小中学校を経て大阪朝鮮高級学校に入学、卒業。著書に「わたしの猪飼野」(風媒社)、「赤い実」(行路社)、訳書に「花に埋もれた家」(コリア児童文学選10、素人社)など。週刊「金曜日」にルポ「 在日 と共に生きる教師たち」(94年12月16日号)、「愛生園の66年」(96年3月29日号)を掲載。

つねに民族を根底に/喜び・悲しみ・歴史を共有

 大阪の町の中で、在日朝鮮人が最も多く住む生野区の猪飼野(イカイノ)地区。1973年に地名が抹消された猪飼野は、今も同胞たちの間で通り名となっている。ここで生まれ育ち、猪飼野を題材にしたエッセー、小説を何冊もの本に著し、同胞社会と民族のありようを問いつづけている金蒼生さん(48歳)。彼女の最近作「イカイノ発コリアン歌留多」(新幹社)は、猪飼野の同胞たちの喜怒哀楽をいろんなエピソードを織り交ぜながら、カルタ風につづったものだ。「達意の文章は、梁石日、柳美里に続く在日新世代作家の誕生を告げている」(ジャーナリストの野村進さん、読売新聞昨年12月26日付)と、評されている金蒼生さんにインタビューした。



心の拠り所として存在

 ――同胞社会の風景がドタバタ喜劇風につづられていて、とてもおもしろかった。なぜ、猪飼野にこだわるのか。

  自分を見つめることができ、かつ心の拠り所として存在しているからだ。

 処女作「わたしの猪飼野」が、中学校まで日本学校に通い、大阪朝鮮高級学校を卒業した後、民族的アイデンティティに目覚めていく自身の内面世界を描いたものなら、「イカイノ発コリアン歌留多」は、自分をとりまく環境について日頃思ったことを記したものだ。

 処女作以後の17年間、いろんな同胞たちと出会い、視野が広がる過程で、どんなに辛くても笑って壁を乗り越えようとしている猪飼野コリアンパワーを浮きぼりにしたかった。

 今回、本を出すにあたって「猪飼野」では読めない人が増えたので、「イカイノ」とカタカナにした。

 ――日常、時事、人物、追憶に分けられている。また表紙が猫の絵なのはなぜなのか。

  4篇に分ければ、同胞社会についてそのつど感じた事や自分の胸の内をありていに表現でき、どこからでも読み切ることができると思ったからだ。また、猪飼野を出て、近鉄・八戸ノ里駅近辺で開いた古本屋にここ数年、めっきり客が来なくなり、店番をしながら暇つぶしに書き続けた猫の絵が出版社の目にとまり、表紙にのせようということになった。

 

ひたむきに生きてきた1世たち

 ――カラオケボックスや健康ランド、チェサ(祭祀)などで交わされる同胞たちの会話のそこかしこに彼らと共に喜びや悲しみ、歴史を共有しようという思いが込められていたが。

  戦前からイカイノに住み着いたアボジ、オモニたちは、貧しくても笑ってひたむきに生きてきた。しかし、戦前から「日本国・猪飼野」で朝鮮半島からの郵便物が届いたといわれるこの地名を、大阪府は73年2月、住居表示の変更を名目に抹消してしまった。けれどイカイノは、同胞たちにとって精神的な支柱として堅固に存在し続けている。

 だから「平成不況」が続き未だ差別が続く中で、2、3世たちが1世たちと同様に笑いを忘れずに頑張ってほしいというエールを送りたかった。

 本書の中で、チェサの仕方など、20世紀も終盤にさしかかっているのに旧態依然とした形式を引きずっていいものかを、女性たちの迫力みなぎった会話を通して問題提起した。

 また、時事篇で、「外国人登録原票」、「自由主義史観」の問題にも触れ、私たちが考えている以上に、日本保守派の裾野は広いのだということを訴えた。



次は済州島4,3事件ををテーマに

 ――今までの作品の根底にあるものは何であり、これから書こうとしているテーマは何か。

  大阪朝鮮高級学校に入るまでトラウマに侵されていた自身の作品には、民族という、このあたりまえなことがつねに根底にある。これからは、48年に起こった済州島4,3事件をテーマにした作品を書いていきたい。その過程で、イカイノの歴史が私の前に、くっきりと表れてくるにちがいない。

 これからもイカイノは心の中で、ずっと「好きやねん」の対象となりつづけるだろう。  (金英哲記者)

本のプレゼント

 「イカイノ発コリアン歌留多」定価=1600円+税。新幹社(TEL  03・5689・4070)。著者の寄贈によって抽選で、5人にプレゼン。ハガキに、〒住所、氏名、年齢、職業、電話番号を記し、朝鮮新報社日本語版「文化」担当係まで。1月26日必着。