ウリ民族の風習、伝統/遊戯
チェギ・チャギ−蹴り上げる連続回数競う
正月の、子供たちの屋外の遊びで「チェギ・チャギ(蹴り)」がある。チェギは、日本の正月に女の子が遊ぶ、羽根つきの羽子によく似ている。
薄紙か布切れをいくつにも裂いて、穴のあいた銅銭などに通して羽子のようにし(これを〔チェギ〕という)、足でけり上げる遊びである。
たいがい農閑期である冬の季節か、とくに年初の名節に子供たちが楽しんだ遊びであった。
1 人で遊ぶこともできるが、たいがいは相手をおいてけり上げることが多く、1対1で勝負を決めるのが普通であった。足の内、外側でけり上げ、その連続回数の多さによって勝敗を決める。
そのけり方が昔、中国の上流社会で流行した蹴鞠(けまり)に似ているので、文献などによっては、多分それから変化した1つの形ではないかといわれている。
蹴鞠は中国古代、武術のための遊戯であった。広い庭に高い竿(さお)を立て、そこに網を掛け、毛で包んだ皮のボールを多くの人が競って、架設した網の中に入れ、勝負を決めた。
使用するボールは、後には空気で膨らました、気毬(ききゅう)になった。
朝鮮では、高句麗人が蹴鞠を好んで行ったと言われている。また、新羅の金※(※=广の中に臾)信(将軍、595〜673年)は蹴鞠にこと寄せて、わざと金春秋(第29代、太宗武烈王、654〜661年)の服の結び紐を踏み、これによって姉の文姫を王后にしたという(三国遺事)。
これから察して、三国時代(高句麗、百済、新羅)に蹴鞠があまねく広がったことを知ることができる。
また、李奎報(高麗時代の詩人・政治家、1168〜1241年)の詩篇にも気毬に関するものがあり、高麗時代にも伝承されたといえる。