同胞社会の展望は


 同胞帰化者(日本国籍取得者)の数は95年以降年間1万人ペースで推移している。結婚を見ても、84年からは日本人との婚姻数が同胞同士の婚姻数を上回り、今や7割以上にのぼっている(以上、グラフ参照)。こうした現状のもと、例えば法務省福岡入国管理局長の坂中英徳氏は「21世紀前半に在日朝鮮人は自然に消えてなくなる」と指摘し、南朝鮮の政府当局者の間からも「同化する運命」との声が聞こえてくる。果たしてそうだろうか。この現実をどう見ればいいのだろうか。識者に話を聞いた。

日本人との結婚が7割以上 
(厚生省大臣官房統計情報部「人口動態統計」により作成)

ナンセンスな「消滅説」/不可逆的ではない帰化者増
(金哲秀-朝鮮大学校講師、在日朝鮮人問題 34歳

 帰化者が増える要因の定説としては、日本社会における民族差別と同胞の民族意識の希薄化、そして最近では、国籍=民族ではなく国籍は手段とみなす傾向が増えてきたことなどがある。

 またその背景には、いまだ在日同胞に対する同化、抑圧政策を取る日本社会の政治・社会的環境、民族や国籍を強調するのがナンセンスだと考える思想状況、50年もの間、分断されたままで在日同胞社会にもあつれきをもたらしてきた本国の政治状況がある。

 このうち、日本政府の在日同胞政策は朝鮮半島と日本の関係に大きく規定されている。つまり、朝鮮半島と日本の関係は、今の在日同胞社会、同胞の生活を大きく左右する要因となっている。

 しかし近い将来、朝・日の国交正常化、南北の統一は現実のものとなるだろう。こうした大状況の変化が同胞社会に変化をもたらすことは十分に考えられる。

 例えば、本国と日本の関係の好転は、在日同胞の法的地位を向上させる要素となり、抑圧、差別、同化の在日同胞政策が保護策へと変化しうる。また日本における「朝鮮」のイメージもいい方へ変わっていくだろうし、そうしたなかで、これまで自分の出自にコンプレックスを抱いていた同胞の悩みも解消されていくだろう。

 そのため、同胞社会の未来を考える場合、朝・日国交と南北統一が実現する前後の時期までをひとつの時期区分として見たい。こうしてこの時期までを考えてみると、帰化者の増加を不可逆的だと断定することはできないだろう。

 また仮に、今のまま帰化者が増加していくとしても、在日同胞社会が消滅するわけではない。

 統計によると、「朝鮮・韓国籍」を持つ同胞は約64万人。また日本国籍に帰化した同胞は累計で22万人で、その家族まで入れると32万人。

 また国際結婚の夫婦の間に生まれて日本国籍を持つ子どもが少なくても15万人はいるとされる。 
 これらを合計すると大雑把に見積もっても約100万人だ。

 日本国籍を持ちながら、民族的に生きようとする人も出てきた。色々な人がそれぞれの多様な「在日同胞としての生」を生きている。これだけでも、「消滅説」がナンセンスなのが分かる。

 また帰化や国際結婚を、本当に自分自身の自主的な選択として選んでいるのか、この点を疑ってみる必要もある。社会環境に選ばされている部分、間接的に強要されている側面は厳然としてある。

 その意味で、坂中の言う「自然消滅」は欺まん的だ。日本が在日同胞を保護する政策を取らずに差別政策を取った結果を「自然」と言えるのか。「強要」を迫る社会環境は改善されなくてはいけない。

 当面、朝・日国交正常化、南北統一を前後する時期までの射程で、状況の変化を念頭に置き、具体的な在日同胞社会の未来像を描いていく必要があるだろう。

 また現実を見つめ、帰化、国際結婚した人、その子どもたちが、自分なりの「民族性」を育める環境を整えることが大事だろう。

 

境界どう広げるのか/民族性 再活性化の可能性も
(金明秀-光華女子大学講師、社会学 31歳

 まずは「統計集団としての在日」について話したい。

 私も◇ニューカマーは定住しない◇帰化者数はこの先も現状のままの年間1万人――という2つの仮定のもとで試算したことがあるが、「在日同胞」を「植民地支配に起因する永住者およびその子孫で、韓国・朝鮮籍を持つ者」と最も狭義に定義した場合、さほど遠くない将来に消えてしまうという推定は、現状では妥当かもしれない。

 しかし、日本国籍者との国際結婚により生まれた子どもは在日同胞と呼ばないのか。ニューカマーであれば、たとえ何十年も永住している人やその子どもたちをも在日同胞とは呼ばないのか。答はノーだろう。

 ニューカマーや帰化者、ダブル(ハーフ)、クォーターといった存在まで「在日の輪郭」を広げていくことができれば、上記の推計はなんら意味を成さない。なぜなら、仮に統計のうえでは消えることがあっても、実在集団としては残ったままだからだ。

 問題は、実際にどこまで「在日」の境界を広げていくことができるかということだ。

 在日の輪郭をもっとも広く取った場合、つまり、ダブルやクォーターを含めて「近親者に朝鮮半島由来の者がいるかどうか」を在日の定義として推計すると、大雑把に言って130万から200万くらいになる。特別永住者が約53万だから、すでに人口のうえでは日本籍者の数の方が多くなっているのが現実だ。

 まずは、狭義の在日の定義から抜け落ちる存在をきちんと同胞だと認めてフォローしていく枠組み作りをしていく必要があるだろう。

 次に、「実在集団」としての在日同胞についてだが、「在日同胞といっても日本人と違うのは国籍だけだ。中身は日本人と一緒じゃないか」という議論をよく聞く。しかし、これは在日同胞の「実態」を正確に反映した言葉ではない。

 確かに全体としてみれば、世代を経るにしたがって同化は進んできた。しかし、もっとも同化が進行しているかのように見える若い同胞にあっても、民族性は消失したわけではない。確かに、日本人に比べてわずかな違いでしかなくなっているかもしれないが、わずかではあっても民族性は確かに現存している。

 しかも、その民族性というのはただ単に受け継がれていくだけのものではない。新たに、教育や社会生活を通して獲得されていく部分もある。つまり、条件によっては同化から反転して、民族性が再活性化する可能性さえある。

 例えば沖縄の場合、明治以降、長い間民族的自負を否定され、強い日本人志向を抱かされてきたが、95年の米兵による少女暴行事件などをきっかけに、一気に民族的志向性が強まっている。

 民族性というのは、直線的に弱まっていくだけのものではない。ちょっとしたことをきっかけにして、5年、10年で大きく変わるものなのだ。

 世界的に見ても、民族現象というのは消えてなくなるどころか、むしろ規模、激しさ、ともに活性化してきている。在日が例外であるという根拠は何もない。同化は運命的なすう勢だという諦めを持つ人も多いが、決してそんなことはないのだ。