少し近づいた国立大学への道/「大検」受検資格緩和
文部省は8日、朝高生の大学受験について正式には一切認めなかったこれまでの態度から若干譲歩し、大学入学資格検定(大検)というハードルを前提に認めることに決めた。これまでの頑迷な態度を考えると一歩前進とも言えるが、同胞が求める抜本的な解決にはほど遠い。決定の背景、朝高生にとっての実際の意味、問題点と課題――についてみた。(東)
背景
同胞のたゆみない運動/内外世論も幅広い支持
150万の署名提出
文部省が今回、大検の受検資格を緩和し、大検前提ながら朝高生にも国立大学受験への道筋を作るなどの措置を取った背景には、何と言っても在日同胞のたゆみないたたかいとそれを支持する日本市民らの運動がある。またこれまで独自の判断で受験を認めてきた公・私立大学、日本政府に差別是正勧告を出した日本弁護士連合会、国連・子どもの権利委委員会、規約人権委員会など内外の幅広い世論もあった。
在日同胞は近年、◇朝鮮学校への1条校並みの教育補助◇朝鮮高級学校卒業生の大学受験資格――の2点を中心に据え、民族教育の権利保障・朝鮮学校の処遇改善運動を行ってきた。
とくに97年には日本各地で合わせて150万を超える署名を集め、大学や地方自治体、文部省に提出している(大阪府民族教育対策委員会は4月2日、当時の小杉文相に直接20万を超える署名を手渡した)。
また日本弁護士連合会は同年2月、朝鮮学校に資格・助成面で制度的差別を加える日本政府は「重大な人権侵害」を犯しているとして、全面的な差別是正を勧告した。さらに6月には国連・子どもの権利委員会、11月には規約人権委員会も朝鮮学校問題を含む在日朝鮮人差別の是正を勧告した。両委員会の現場には、在日同胞の代表も訪れ活発に活動した。
さらに昨年、兵庫、静岡の両県議会、愛知・豊明市、兵庫・伊丹市、静岡の富士、清水、藤枝の各市、山口・光市などの各議会が朝鮮学校の処遇改善を求める意見書を採択し、日本政府に提出している。
朝高生の受験資格を求める運動体が各地の国立大学教員、朝・日の学生らの間で組織され、文相らにこの問題について追及した国会議員も党派を問わず多かった。そして「資格なし」とする文部省の指導に反し、過半数の公・私立大が「高卒と同等以上の学力がある」として受験を認めている中、大学院レベルでは昨年、国立として初めて京都大学大学院、九州大学大学院が朝大生の受験を認め、京大大学院には1人が合格、入学した。
一方、地域での在日同胞の根強い運動の結果、重い腰をあげない政府に代わって助成面で独自の給付措置などを取る都道府県、市区町村も徐々に増えている。
「最初の一歩」に
在日同胞は60〜70年代の学校法人認可取り付けに始まり、地方自治体からの教育助成獲得、JR定期券割引率差別の解消、インターハイ参加などを実現させてきた。これらはいずれも、在日同胞が民族教育の正当性と差別の不当性を様々な方法で広く訴えることで世論の支持を得て、その世論の力が結実したものだ。最近では公開授業やバザーなど、地域での理解を広げるための取り組みが一層活発になっている。
こうした成果が積み上げられる過程で日本社会に広がった民族教育への理解と支持が、日本政府の差別政策を徐々に追い詰め、何らかのアクションを起こさざるを得なくさせた。国際化、多様化などを掲げる「教育改革」を進める傍ら、朝鮮学校側の要求から目をそらすことは、もはや不可能となったのだ。
しかし、1条校とは明確に区別して未就学者と一緒に扱い、大検というハードルを残した今回の決定は、大学受験と関しては朝高卒の資格で直接受験できるよう求めてきた在日同胞の要求からはまだ遠い。
文部省が遅まきながら踏み出したこの一歩を最後の一歩ではなく最初の一歩とし、朝鮮学校に対する抜本的な政策転換を迫っていくため、今後も力強い運動が求められる。
どうなるのか
ダブルスクール不要に
2000年度から
(1)朝高入学と同時に、朝高生の入学を認める通信制高校にも入学し、3年間(もしくは4年間)、ダブルスクールを続けて高卒資格で大学を受験する。
(2)通信制・定時制高校に入学し、その在籍資格で大検を受け、大検合格の資格で大学を受験する(この場合、多くが大検合格の時点で通信制・定時制を途中退学している)。
(3)朝高卒業後に定時制高校に編入して1年で高卒資格を得て、大学を受験する。
現在、朝高生が受験を認められていない国立大と一部の公・私立大を受験するために取っている方法はだいたいこの3つだ。
(1)(3)は、大検受検資格緩和措置が取られる来年度以降も変わらない。(1)の場合、ダブルスクールの負担は大きいが、「高卒」の資格を求めてこの方法を続ける生徒は今後も一定数いると思われる。また3年間、卒業まで通信制高校に通いながら、大検も受検する生徒も多い。この場合、通信制で取得した単位で大検の11〜12科目と重なるものについては免除される。
今回の大検受験資格緩和措置によって負担が減るのは(2)の生徒たちだ。生徒らによると、大検受検より、日曜や夜が犠牲になるダブルスクールを3年続ける方が負担が大きいという。そのため、高卒資格を求める生徒以外は(2)の方法を取るケースが多いようだ。
現在の大検の受験資格は「中学校等を卒業した者またはこれと同等以上の学力があると認められた者」。そこで、中卒資格を持たない朝高生は、都道府県の裁量で入学の認められる通信制・定時制高校に在籍するという「裏技」で、特例的に大検受検を可能にしてきた。
それが今回の弾力化措置により、2000年度からは満16歳以上の者なら誰でも受検できるようになる。つまり、(2)の方法を選択する場合、ダブルスクールの負担はなくなる。
東京朝高の場合
東京朝高の場合、ダブルスクールの方法(1,2)を取っている生徒は、1学年300数十人中およそ5〜60人といったところだ。
高級部2年生5人に話を聞いてみた。ハードルが一つ減ることについては素直に喜びを示す一方、「でも大検の勉強と、大学受験そのものの勉強との2重負担はたいへん」との不満の声も出た。当然だろう。
今後については、高卒資格が欲しいからダブルスクールを続けるという生徒、「損した気分。通信制は退学する」という生徒など様々だ。
1年の時に大検の11科目をすべてパスし、すでに通信制を退学した生徒は「朝高で普通に勉強していても十分にパスできる大検だったら逆に何の意味があるの? 学力は日本の高校生に劣らない。朝高卒で認めればいいのに」と率直な気持ちを語った。
問題点と課題
抜本的処遇改善とは距離/朝鮮学校政策見直すべき
依然残る矛盾
朝高生の大検受検が可能になったからと言って、朝鮮学校生徒に対する取り扱いが抜本的に是正されたのではない。
国立大受験に関しては、「ダブルスクール・大検・大学受験」という3つのハードルが、「大検・大学受験」という2つに減っただけだ。朝高卒業そのものによる大学受験資格を求めてきた在日同胞の要求とはかなり距離がある。
文部省はこの決定を中教審小委員会に提出する際、海外における外国人学校の位置付けに関する調査報告を沿えた。「海外での外国人学校の扱いに照らしても、統一的な資格試験を要件としている国が多く、適当な措置」(有馬文相)という理屈だが、統一的な資格試験を課す国のほとんどは、自国の学校の卒業者にも同じ義務を負わせている。外国人学校の卒業者だけを差別して取り扱う国はほとんどない。
学校教育法施行規則により、外国で12年の教育課程を修了した外国人留学生や帰国生徒には大学受検資格を認めていることなどに比しても、矛盾は従来どおりだ。
「学校ではない」
在日同胞は、大学受験資格のみならず1条校並みの助成を含め、日本政府が在日同胞のアイデンティティを育む民族教育の権利を尊重し、朝鮮学校の処遇全般を改善するよう一貫して求めてきた。
民族教育の実施は、国連の各種人権条約などでも認められた普遍的な権利だ。さらに在日同胞が日本に住むようになった経緯、奪われた言葉と文化を取り戻し、アイデンティティを取り戻すために始まった在日同胞の民族教育の歴史を考えて見る場合、日本政府がそれを尊重するのは当然の義務と言える。
このように見ると、今回の措置はあまりにも不十分だ。「欺まん的だ」との声が出るのも当然だろう。
まず、今回の対象とされたのは朝鮮学校など外国人学校、インターナショナルスクール卒業者とともに、不登校などの理由で義務教育を終えていない者。つまり、外国人学校は依然「学校ではない」ということだ。
有馬文相は8日の会見で、「外国人学校は先生の質や授業の内容などが見えず、(高校レベルの)卒業生にただちに大学受験資格を認めることは日本の教育体系と整合性が取れない」と語ったが、文部省が外国人学校の教員の質や授業の内容について正式に調査したことはない。朝鮮学校に足を踏み入れたこともない。
各種学校は教育内容について法令上とくに定めがないため、その卒業生の学力を判断するのが困難というのが文部省の公式見解だが、教育行政を司る立場にしては無責任な話だ。
朝鮮学校は日本と同じ6・3・3・4制、カリキュラムも文部省の学習指導要領を参考に1条校とほぼ変わらない内容で編まれており、そこにアイデンティティを育むための言葉、文字、文化に関する民族教育の部分が加えられている。東京中高の具大石校長は「隠すものは何もない。分からないと言わずに、いつでも見にきてほしい。私たちは対話を望んでいる」と強調する。
生きている65年通達
今回の決定に先立ち、大検を前提とするか、各大学の判断で門戸開放とするか、文部省内で議論が分かれた際、「朝鮮学校さえなければ…」との声があったとの話も囁かれているという。
65年、各都道府県に出された「朝鮮人としての民族性または国民性を涵養することを目的とする朝鮮人学校」は各種学校としても認可するべきではないとの文部次官通達がいまだ撤回されていないことからも、朝鮮学校敵視、差別政策自体に変更がないことは明らかだ。
9日付各紙朝刊の論調を見ても、「文部省の決定は中途半端」(毎日)「外国人学校の卒業資格、私学助成などを手当てする立法措置の是非について、中教審などの場で検討する時期」(日本経済新聞)「解決には、外国人学校の地位を明確に法律で定める必要がある」(朝日)など、より抜本的な解決を求めている。昨年2月の日弁連勧告は、まさにこうした道筋を示したものだった。
日本政府、文部省に対し世論は、小手先の方針転換ではなく、在日外国人の人権とそのアイデンティティの尊重の観点、時代に相応しい教育の多様化、国際化の観点から、外国人学校・インターナショナルスクールの扱いをどうしていくのか、真剣に検討し、適切な対応をするよう迫っている。
文部省は、朝鮮学校差別政策を1日も早く見直すべきだ。
民族の文化学ぶ権利保障を
鈴木孝雄弁護士の話(元日弁連朝鮮学校の資格・助成に関する事件委員会委員長)
文部省の大検受検資格緩和措置は、朝鮮学校・中華学校・インターナショナルスクールなど外国人学校に学び、またそれらを卒業した人々を、「義務教育を修了していない者」として扱っているもので、子どもの権利条約と国連・子どもの権利委員会が日本政府に対して改善を求めた勧告に真っ向から逆らうものだ。
子どもの権利条約の締約国である日本は、日本に住むすべての子供たちに対し、その国籍・民族を問わず、自己の民族の文化を学ぶ権利を保障し、それによりいかなる不利
益も受けることがないようにしなくてはならない。
だが、文部省の決定によれば、すべての外国人学校は正規の学校としての存在が否定され、すべての外国人学校の子供たちは義務教育課程を修了していないものとされてしまい、学歴に関する一切の資格がない不利益を従来どおり受け続けることになる。
日本に住む外国人の子供たちにとっては、外国人学校以外には自己の文化を基礎とした教育を受ける機関は存在しない。したがって、このような文部省の見解は、子どもの権利条約に違反し、国連・子どもの権利委員会の勧告と懸念の表明にあえて逆らうものだ。
日本弁護士連合会は昨年2月、日本国憲法と国連の世界人権宣言、人権規約、そしてこの子どもの権利条約に基づいて、日本政府に外国人学校の資格と助成に関して勧告している。
この勧告書とその調査報告書は3つの基準を設定し、外国人学校の児童生徒、卒業生に対しては、少なくとも日本の一般の義務教育課程の学校および高等学校と同等の資格を認め、学校の運営と教育の経費を同等以上に公費で支弁するべきことを示した。3つの基準とは、◇本国の法律ないしは制度に基づくか本国の公認を受けている学校◇日本の学校教育法による学校と同等程度の内容の学校◇本国の学校の教育と日本の学校の教育を折衷した教育内容の学校――である。
日本に滞在する外国人の学校とそこに学ぶ子供たちに、それぞれ自己の文化を承継、教授、発展できる教育を保障するには、このような基準による資格と公費の支出は絶対必要条件だ。
日本政府は、国籍・民族を問わずすべての子供たちの幸せを願う世界の人々と日本国民、また日本に住む外国籍の人々の良識に逆らうことなく、速やかに抜本的な改善に向かうべきだ。
大学入学資格検定(大検) 1951年に発足。「高校を卒業していないなどのため、大学入学資格のない者」に対し、高校の卒業者と同等以上の学力があるかどうかを文部省が認定するための検定。毎年8月に行われ、11〜12科目すべて合格し、満18歳に達した時点で大検合格が認められる。98年度の合格者は8628人。当初は経済的な理由などから高校に進学、卒業できなかった者への救済措置の性格を持っていたが、今では毎年2万人ほどいる志望者の7割近くが経済的理由によらない高校中退者。80年代半ばから急増した。最近では、初めから高校に行かずに大検で大学を目指す者さえいる。来年度から中卒を受検資格から外し16歳以上なら誰でも受検可能にする今回の弾力化措置によって、小、中の義務教育すら否定する子供が増えるのではと懸念されている。