私の会った人/江上波夫さん


 古代史ブームが続く。その先鞭をつけたのが、1948年に発表した、いわゆる「騎馬民族説」。

 「当時は、右からも左からも大変な批判を受けたものです。『右』の人は、天皇家の祖先が、とんでもないと。『左』の人は、発想は大胆だが、実証性がないと」

 この仮説は、今なお日本の古代史ブームの中心に位置する。日進月歩の学界で半世紀もの歳月に耐えうる仮説がほかにあろうか。

 「騎馬民族というのは、好奇心が旺盛で、文化的なことが好きなんです。働くのが嫌いでね、そこが僕と合うんだ」

 さらにこうも語った。

 「高句麗は、騎馬民族がつくったものですから、僕は親近感をずっと持っています。歴史的な英雄が、強大な国家を築き、立派な文化を創造した。そこが朝鮮の金日成主席と似ている点ですね」。少年時代に大病し、「茶碗さえ持てないほどの虚弱体質だった」。その病気を口実に、学校をさぼっては好きな本を読んだことが、一生の仕事を決めた。

 少年のような瞳で、半生をこう振り返った。「学問をする上で大事なのは、自由な心ではないだろうか。大草原を駆け回った騎馬民族を追い続けるうち、彼らを未開の野蛮な民族視した従来の世界史は大変な誤りを犯しているように感じ、その自由な心、生き方に共感する思いが募った」。

 古代史を追いかけて、あぶりだそうとしているのは、切れば赤い血が吹き出すような、人間の生々しい生き方だ。記者生活もそうありたい。(粉)