秋の夜長の一冊
惜別の海(上下巻) 澤田ふじ子著
秀吉出兵、朝鮮号泣の物語
本書の帯には「秀吉、出兵。朝鮮、号泣」と書かれている。秀吉の朝鮮侵略の残虐さと出兵に反対して闘う下層の人々、さらに朝鮮民衆の勇敢な戦いを鮮やかに描いた。「圧制に苦悶する民衆が見たもうひとつの朝鮮出兵史」だ。
ストーリーを簡単に紹介すると――。
泰平の世を願う地侍・大森六左衛門の耳に届いた風聞、「秀吉が朝鮮に兵を出す」。それはやがて、彼のみならず、愛娘の於根、彼女に心を寄せる蓮根十蔵の、ささやかな人生をも狂わせていく……。
無謀な戦さに駆り出される職人たち、遠くは欧州まで売られた朝鮮人奴隷。歴史の暗闇に光を当て、この壮大な物語は語られる。
著者の歴史認識の正確さが、物語のベースを支えている。「秀吉が関白として膝下においた傲慢さが、彼に世界の王とうそぶかせるほどの妄想を抱かせた。愚かな権勢欲と迷亡をふくらませた秀吉は、あげく日本と朝鮮の間に後世まで尾を引く傷跡を残した」。
――著者は繰り返し、繰り返し、本書の中で秀吉の蛮行を糾弾する。物語の壮大さと、世界に通じる歴史観の普遍性、緻密なストーリー。あまりにも面白くて、秋の夜長に一番のお勧めの上下巻。 定価=1800円ずつ、新潮社、03−3266−5411
子どもの涙 徐京植著
人生たえ忍ぶ力育む
「いまも時折、散逸をまぬがれて本棚や押入に残っている古い本を手にとってみることがある。落書きや手垢に汚れたページを操っていると、子どもの頃の歓びや哀しみの感情までが胸底でざわざわと騒ぎはじめる。成長への憧れとおそれ、自負と劣等感、希望と失意とがはげしく交錯した、あの日々」
ほぼ同世代の著者が何を読んだか、好奇心もあってページをめくったが、子供の頃に触れた本の共通性もあって、あの頃の思い出が胸に疼く。
70年代に南朝鮮の軍事政権によって不当逮捕され、以来約20年間、獄中生活を強いられた徐勝、俊植兄弟の末弟が、本書の著者。
長く厳しい孤独な闘いを耐え抜いた徐兄弟の類いまれな信念と精神の高さがどのように生まれ、育まれたのか、――自己形成の手掛かりをこの本は鮮やかに示してくれる。
平凡な在日朝鮮人の家庭で育った兄弟が、なぜ、あのような過酷な獄中生活に耐えられたのか。著者は「人に人生を堪え忍ぶ力を与える源泉もまた、子どもの頃に体内に深く埋め込まれた、その何ものかに潜んでいるのだ」と言う。余韻がいつまでも残る良書。 定価=495円+税、小学館文庫、TEL 03−3230−5739