サバイバル焼肉戦争の現場(下)/1店舗の売上1位 叙々苑
「本物」は勝ち残る/あくまで味と値段を追求
「焼肉戦争の現場」では大型チェーンが「安さ」「気軽さ」を武器に、規模における覇を争っている。だが一方で、これらに匹敵する売り上げと伸び率を誇る「叙々苑」(本社=東京)は、質と値段の両面から朝鮮料理たる焼肉の高級化を追求、異彩を放つ。43年の業界歴を持ち、本物志向を前面に押し出す朴泰道社長(57)に、業界の展望を聞いた。
低価格チェーンなど新興勢力の伸張に対し、業界の構造変化や、焼肉の日本化を心配する向きがある
「ビジネスの在り方が変化し、焼肉の楽しみ方が多様になっても、『本物』が片隅に追いやられることはないと信じています。人々を魅了し、認知を得たのはゴマ油やニンニク、トウガラシで醸し出される朝鮮の味なんです。本物が、その座を譲ることはありません」
「同胞には、本物の味が身に付いている。これはかけがえのない宝です。しかし宝は磨いてこそ光る。質の高いサービスや時代感覚、戦略が必要なのです。同胞が宝を磨くのを忘れている間に、日本人は他のものを全て身に付けた。それが現在ある危機の本質です」
低価格店の客単価は2000円前後。叙々苑のメニューには、一品でそれ以上するものもある。味と値段の均衡はどう成り立つのか
「料理の質とともに、様々な面から顧客の満足を追求することです。私も、初めから高価格を選んだ訳ではありません。お客の満足を追ううちに、サービスなどのコストが値段に反映されたのです」
「この業界に入ったのは15歳の時ですが、当時と今とでは『食』への欲求が違う。昔は飢えを満たすために、かき込むように食べた。今はファッションやイベント性を求める。会食やデートなど、大切な人と時をともにする場なんです。だからお金を使う感覚も違います」
「我が社の最高級業態、游玄亭(ゆうげんてい)は都内の一等地に立地し、数寄屋造りの座敷でほかにはない『焼肉会席』をお出ししています。高いですが、お客は来ます。叙々苑のスタイルは、時代とともに変わる価値観を追った、一つの結果と言えます」
顧客が求める「価値」にアプローチするには
「76年に初めて六本木に店を出した時、銀座で夜の仕事を終えた女性たちに来てもらわないとだめだと考えました。そこで、入り口に赤じゅうたんを敷き、花を飾った。女性が美しく見えるように、照明も工夫しました」
「地味な答えですが、基本はやはり尽くす気持ち、喜んでもらおうと思う気持ちです。テンコ盛が当り前の時代に、肉を1枚ずつきれいに並べて盛り付けたら喜ばれた。キムチの切り口をそろえて出すだけで全然ちがう。出来ることは経営者の足元、料理人の手元にたくさんあります」
今後の焼肉業界の見通しと叙々苑の展開について
「現在、業界全体で年間6000億の売上があり、同胞業者が8割を占めると言われています。売上高は近く1兆円に達すると思いますが、同胞のシェアは半分以下になるかも知れない。」
「要因の一つとして考えられるのが、ファミリーレストランの業態転換です。2割位は焼肉店になるのではないでしょうか。そうなれば、郊外は焼肉屋だらけです」
「11月に游玄亭・新宿ビルの7フロアをフルオープンさせ、有楽町マリオンに游玄亭・銀座をオープンさせます。都内の主要立地は抑えたと言えます。来年3月期には、目指して来た売上100億円に届くでしょう。今後は、低価格店とはいかないまでも、従来より広い客層をねらった展開を構想中です」
「どんな展開に持って行くのであれ、軸は本物志向です。朝鮮人なのだから、本格派、朝鮮の味の伝承者でありたい。同胞なら誰しもそうあって欲しい。」
「人々の価値観は変せんしますが、本物へのニーズは決してなくなりません。それに応えるのは、私たちなんです」
連載後記 不況の最中、驚異的な伸びを示すトップ3社の勢いに関心を持った。中小店の渦巻くような危機感を予想して現場に出たが、実際には濃淡様々だ。「不況」が「競争」の本質を覆い隠しているのか。機を見て深層に迫りたい。 (金賢記者)