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特集/国連子どもの権利委員会が日本政府に朝鮮学校差別是正を勧告


 スイス・ジュネーブの国連欧州本部で、日本の「子どもの権利条約」順守状況を審査した国連子どもの権利委員会は五日、審査結果に対する見解をまとめた総括所見を発表した。所見は「懸念事項」の中で、朝鮮人を含むマイノリティの子どもとの関わりにおいて「子どもの権利条約」第2条(差別の禁止)などの一般原則が、立法政策および計画に反映されていないことを指摘し、とくに「朝鮮人の子どもに影響を与えている高等教育機関への進出の不平等に対する懸念」を強調した。さらに所見はこうした懸念を表明したうえの「提案・勧告」として、日本政府が朝鮮人などマイノリティの子どもへの差別について全面的に調査、解消するよう促した。審査を傍聴した在日本朝鮮人教職員同盟中央本部の蔡鴻悦委員長と、今回はもちろん、これまですべての国の審査を傍聴してきたNGO「子どもの人権連」の平野裕二さんに話を聞いた。(文責編集部)

 

「民族教育保障」に強い共感/示された国際社会の常識

在日本朝鮮人教職員同盟中央本部 蔡鴻悦委員長

 私たちは国連人権委員会少数者保護作業部会で発言し、子どもの権利委員会での議論を傍聴したが、いずれの場においても、民族教育の権利に関する私たちの主張は、強い共感をもって受け入れられていた。自らの民族の言語、歴史、文化を継承するための教育を受ける権利は、決して侵害されてはならないとの精神が、国際社会ではすでに常識になっているのではないか。

 子どもの権利委員会での審査で、各国の委員から在日朝鮮人が民族教育を受ける権利についての質問が相次いだ際、文部省の官僚は朝鮮人の子供も「希望する場合は、日本の学校に入ることは可能」、朝鮮学校の卒業生が大学に行けないのは「学校のスタンダード(基準)が別であるため」などと答弁して議論のすり替えを図ったが、通用しなかった。

 逆に、委員会がこうした「言い分」を踏まえ、改めて差別の存在を指摘したことは、日本政府の論理こそが国際的な人権感覚のスタンダードから外れていることを明らかにしたと言える。

 朝鮮学校に対する差別を無くすことは、日本が子どもの権利条約を順守するうえで、必要不可欠な課題だ。言い方を変えれば、この問題を解決することなしには、日本は国際社会のスタンダードに乗ることはできないということだ。

 私たちも、この国際的な世論に呼応する動きが日本社会の中から出てくるよう、引き続き運動していく。

 中でも、まず国立大学の学長たちが良識ある判断を示し、朝鮮学校の卒業生に門戸を開放して現状是正の突破口を開くよう求めていきたい。

 

速やかに大学の門戸開放を/「少数者」尊重が世界の流れ

NGO「子どもの人権連」の平野裕二さん

 改善すべき懸念事項として、朝鮮学校生の大学受験資格差別問題が明確に示されたことの意義は大きい。「子どもの権利条約」第28条(教育への権利)には、高等教育への平等なアクセスをうたった項目がある。条約は、締約国が管轄する地域に居住・滞在するすべての子どもが対象なので、朝鮮学校生の大学受験資格が認められていないことは当然問題となる。

 この問題に関して日本政府に論理的な正当性がないことが、改めて立証された形だ。すぐにでも改善できるうえ、改善をためらう合理的な理由はない。日本政府は速やかに門戸開放へ動くべきだろう。

 日本政府は今回、法務省、外務省、文部省などから23人の大型代表団(うち現地駐在9人)を送ったが、建前ばかりの答弁でがっかりした。審査は、条約の実現に向けて建設的な議論を行う場なのに、「とやかく文句を言われたくない」と言わんばかりの強硬な態度に終始していた。

 そもそも96年5月に提出した報告書自体が問題だった。例えば条約にはマイノリティの権利に関する条文(第30条)があるにもかかわらず、在日朝鮮人の実態についてまったく触れていない。そのため総括所見は、マイノリティの子どもの状況に関するデータを収集するため十分な措置が取られていないことに関する懸念も表明した。

 世界のすう勢に比べ、日本政府のマイノリティについての認識は遅れている。マイノリティ、直訳すれば「少数者」には、古くから住んでいる先住民、働くためにやってきた移民、政治的な迫害などで自分の国に暮らせなくなった難民などが含まれるが、ここに国籍の区別はない。しかし、どうも日本政府は在日外国人をマイノリティとみなしていないようだ。その証拠に、日本国籍のアイヌについては口頭でとはいえデータ、情報を提供したのに、朝鮮人をはじめ在日外国人についてはなかった。

 委員会は、マイノリティの問題にはきわめて敏感な立場を取っている。大人に比べて社会的に弱い立場にある子どもの中で、とくに差別されたり、十分なサービスが提供されないことのある、さらに弱い立場のマイノリティの子どもたちの権利を十分に保障することで、多数の子どもたちの権利も保障できていくという問題意識があるためだ。

 勧告後、報告する義務はなく、5年後に行われる次の審査まで具体的な改善状況は分からないが、私の知る限り、委員会の見解はおおむね前向きに考慮されているようだ。ベトナムのように、具体的な制度改革を行った国もある。

 日本政府は条約について、すでにクリアできているという解釈で94年4月に批准した。認識が甘いと言わざるを得ないが、そういう意味で、評価よりも懸念が多かった今回の審査結果が日本政府に与えたダメージは小さくないだろう。

 

国連から日本社会へ/妥協ない空気、持ち込もう

  在日朝鮮人の民族教育の権利に関する問題は、朝鮮人強制連行真相調査団が92年8月、国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会での報告で言及して以来、共和国代表や総聯代表などが毎年、国連人権委員会の各部門で重ねて報告してきた。

 こうした一連の活動はいずれも、国際社会の大きな反響を呼んでいる。

 昨年8月には同小委での総聯代表の発言を受けて、人種差別撤廃条約に関する特別審査委員を務めるオランダの国際法学者、テオ・ファン・ボーベン氏が、今年の秋頃に日本の同条約の順守状況を審査する際には、「朝鮮学校の代表が必ず参加し、発言すべきだ」と述べている。

 こうした関心の高さの背景には、人権尊重の理念を普遍化するまでにはまだ多くの課題が山積する中で、経済的には「先進国」である日本のような国が、世界の潮流に逆行するようなことは許容できないとの国際社会のコンセンサスがある。

 子どもの権利委員会は今回、日本政府側のいかなる弁明も受け付けず、在日朝鮮人に対する差別の存在を指摘し、その解消を勧告した。民族教育の権利保障が、国際社会の発展のためにも妥協の余地のない問題であることが示されたと言える。

 目下のところ、こうした妥協のない空気が、日本国内の世論に十分に反映されているとは言えない。今後、国連で醸成された世論を、積極的に日本社会に持ち込む必要があろう。

 また日本のNGOの中にも、子どもの権利委員会に送付したカウンターレポートで、朝鮮学校問題に触れたものもあり、そうしたより広範な日本人とも協力していけるだろう。(賢)

 

子どもの権利条約

差別禁止、文化、言語 尊重/立法、行政上の措置必要

 「子どもの権利条約」は89年11月、国連第44回総会で採択され、90年9月に発効した。6月現在の締約国は191ヵ国。日本は94年4月に批准した。

 条約は全部で54条あり、第1条(子どもの定義)では、条約上子どもは18歳未満のすべての者であるとして、この条約が18歳未満を対象にしていることを明らかにしている。

 次に第2条(差別の禁止)は、締約国の管轄内にあるすべての子供たちに言葉や性別、肌の色、民族的・社会的出身、宗教、思想などあらゆる理由による差別なく、条約に掲げられている権利を尊重、かつ確保しなければならないと規定している。締約国の管轄内にあるすべての子どもであるため国籍は関係なく、日本では在日同胞も当然条約の対象となるということだ。

 直接的にマイノリティ(直訳すると少数者、日本における朝鮮人も含まれる)に関わる条文としては第30条(少数者・先住民の子どもの権利)がある。これは、マイノリティの子供たちが自己の文化を享受し、自己の言語を使用する権利を保障している。また第8条(アイデンティティの保全)では、子どもがアイデンティティを保全する権利を保障しそれが失われた場合には回復させるための措置を取るよう締約国に求めている。

 さらに、教育に関わる条文としては第28条(教育への権利)、第29条(教育の目的)がある。これらは、すべての子どもが平等に教育を受ける権利を保障するとともに、教育目的の一つとしてその文化的アイデンティティ、言語、価値の尊重をあげている。

 以上見ると、「子どもの権利条約」は在日同胞が行っている民族教育の権利を十分過ぎるほど保障しており、締約国である日本に、朝鮮学校を認め、その教育を尊重する義務があるのは自明の理だ。日本弁護士連合会が2月、朝鮮学校への制度的差別は重大な人権侵害だとして日本政府に是正を勧告した際の調査報告書も、「子どもの権利条約」を引用している。今回、同条約の順守状況を審査した子どもの権利委員会が、朝鮮学校への差別を問題視し、日本政府に差別の解消を促したのは当然のことと言えよう。

 同条約は第四条で、締約国が「この条約において認められる権利の実施のためのあらゆる適当な立法上、行政上およびその他の措置を取る」よう求めている。

 日本政府は94年4月の同条約批准に際し、条約実施のために「新たな国内立法措置を必要としない」「予算措置は不要である」との見解を示していたが、今回の初審査によってその見解の不当性が再確認されたことになる。

 日本政府は、「子どもの権利条約」に照らして「問題あり」と判断された朝鮮学校への制度的差別を解消し、日本学校と同等の資格を与え、公的助成を施すため、立法上であれ行政上であれ予算上であれ、必要な措置を1日も早く取らなくてはならない。(東)