東京朝高バレー部OB会結成/各期部員集う
東京朝鮮中高級学校バレーボール部OB会が1月24日に結成された。同日、東京・豊島区のサンシャイン60で開かれた新年会の場で正式に発足。高体連が主催する公式試合で活躍しているボクシング部やサッカー部、ラグビー部と足並みをそろえるべく、バレー部のレベルアップを目指し、クラブ活動を全面的にバックアップしていく。(道)
後輩の活躍に夢託す/目指せ全国大会
新年会には在日本朝鮮人東京都体育協会の宋相斗顧問と朴洪照会長、在日本朝鮮人排球協会の崔敏夫会長、東京排球協会の姜秀宗会長をはじめ卒業生と関係者ら80余人が参加。チームメートや恩師との再会を懐かしみながら思い出話に花を咲かせた。
宋顧問と崔会長がそれぞれあいさつ。創部以来、初めてOBが集う場が設けられたことを喜びながら、日本学校の全国大会に出場できる新たな道が開かれた後輩のために力を合わせていこうと話した。
また63年から東京第1で3年間、66年からは東京朝高で31年間、バレー部の指導に当たっている教員の崔吉守さんに卒業生一同から花束が贈呈され、朝高バレー部にも40個のバレーボールが贈られた。
17期生の金充烈さんは、「(在籍時期が違うため)今日集まったOBのほとんどと面識はないが、同じコートで汗と涙を流した点では共通している。全国を目指す後輩のためにもOBが力を合わせてバックアップしていきたい」と語っていた。
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朝高生のインターハイ参加が認められたのは94年から。90年に大阪朝高女子バレー部が高体連主催の府大会予選途中で出場を拒否されたことをきっかけに差別撤廃の世論が高まり、その声に押される形で出場が認められることになった。
同年3月には日本バレーボール協会が、種目別選抜大会としては初めて、朝高の全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春校バレー)への参加承認を決定した。
「全国」への扉に風穴を開けたバレー種目ではあるが、これまでの4年間、「結果」は残せていない。
東京朝高バレー部は学校創立のすぐ後から活動をはじめ、1959年にはサッカー部に続いて日本学校との定期戦を開始。70年代前半までは都の強豪とも互角にわたりあったという伝統を持つが、最近では94年の春校バレー都予選で女子が一部出場(ベストサV)を決めたのが最高だ。インターハイ予選では男子が3回戦、女子が4回戦出場に止まっている。
同校学区の中級学校バレー部の監督、指導員らは昨年1月に「関東地方中級部バレーボール部強化委員会」を発足。月に1度、各校の全ての部員が参加して合同練習を行っている。
高級部で水準をより高めるために、中級部から高級部へとつながる指導システムを確立しようとの考えからだ。
その成果は着実に上がっており、昨年の中学全国大会地方予選で、東京朝中の女子が初めて区予選を突破しブロック予選で1勝を上げたほか、東京第1の男子もブロック予選進出を果たした。
この日の集いでは、各中級部クラブの活動報告も行われた。
東京朝高バレー部の鄭燦吉監督は「昨年、都予選の決勝まで勝ち上がったサッカー部の活躍は大きな励みになった。バレーでは『全国』まで何年かかるか分からないが、OBたちの期待に応えられるよう地道に頑張っていきたい」と語っていた。