訪朝した日本青年団協議会代表団/青年交流拡大の窓口に
日本青年団協議会(日青協)の訪朝団(団長=加藤義弘会長)が11月21日から28日まで朝鮮民主主義人民共和国を訪問した。金日成社会主義青年同盟(青年同盟、李日煥第1書記)との間に行ってきた20年間の交流を今年、さらに一歩進めたいと訪朝中具体的な話を進めてきた。団長と副団長以外は初めての訪朝だ。朝・日関係が悪化している中で7日間という短期間だったが、直接目撃した共和国の印象に相互交流の大切さを実感していた。(嶺)
情報交換が大事
日青協と青年同盟はこれまで双方代表団の往来を中心に交流を重ねてきたが、今後は具体的な行動を持って交流したいとの意見を一致させた。きっかけは96年4月の代表団派遣に際し、江原道青年同盟や元山青年同盟など地方の青年たちとの意見交換や交流の場が持たれたことだった。さらに今回、朝鮮の水害状況をきちんと把握し、情報交換をすることでより積極的な支援活動ができるのでは、という意見が会員たちの間で出たことだ。
日青協はこれまで、JA全青協、日本国際ボランティアセンター、日本リサイクル運動市民の会、ピースボートとの共同で「KOREA水害・支援キャンペーン」を行うなど、積極的に支援してきた。
今回の訪朝で水害支援に加え両団体の間で幾つかの取り決めが交わされた。互いに日朝国交正常化のために努力することはもちろん、両組織の交流を活発にするためにそれぞれ担当者を置き、相互の協議や連絡のための非常設の「朝・日青年友好交流促進会(仮称)」を設置し、様々な情報をリアルタイムで交換するため国際通信による情報提供や、在日朝鮮人への日本政府の制度的差別撤廃に向け積極的に活動する、などだ。
「一方通行」の報道
なかでも、日朝の青年たちの幅広い交流のために地方組織同士の交流を促進することなどが話し合われた。
副団長として3回目の訪朝となった久保田満宏さんは富山県から参加した。
富山県からは91年に「富山県青協友好訪問代表団」14人が訪朝した。県青協が単独で代表団を送るのは富山が初めてだ。その後、年に1度県下の在日朝鮮人青年たちと焼き肉会をしている。
久保田さんは今回の訪朝でとくに「人の表情がずいぶん明るくなった」という印象を受けた。「平壌から南浦間の高速道路を建設している最中だったが、多くの若者が一生懸命に建設に従事し、水害被災地では復旧活動に励んでいた。日本では見られない光景に感動した」という。
滋賀から参加した団員の山本浩史さんは今回、初めての訪朝だ。2年前は仕事の都合で行けず、今回はどうしても行きたかったという。その理由の一つは日本の中で極端に広まっている朝鮮へのブラックイメージを確かめるためだ。
実際行ってみて、「情報社会の中で生きているが一方通行の情報しか届いていない。体験することは貴重だ」と実感したという。中でも軍事境界線のある板門店では「緊張するかと思ったが、説明に表れた兵士に温かみを感じた。南北分断という緊張があるにもかかわらず、余裕を感じた」と述べた。
今後は訪朝の感想を踏まえて、滋賀で朝鮮学校に対する差別是正のために努力していきたいと語った。
「信頼の表れ」
同じく初めての訪朝だった訪朝団秘書長の渋谷隆さんは「今回の訪朝では交流らしい交流ができたと思う」と開口一番に語った。
平壌―南浦間の高速道路を工事中の建設現場では、加藤団長がスコップを持って青年たちの中に入り彼らを激励した。
また、今回随行してくれた青春街にあるパク・インナムさんの家に招待されたり、大城里にある農村地区も訪問した。
「とにかく、行く前にこちらが要望していたことをほとんど受け入れてくれた。これは日青協に対する信頼の表れだと受け止めた」と渋谷さんは言う。
しかし、20年間も交流を重ねているわりには、お互いに知らないことが多いことも改めて認識した。
渋谷さんは、「それはこれからの課題でもある」と言いながら、今回の訪朝をきっかけに日青協と青年同盟が窓口になって日朝の青年たちの交流を拡大させていきたいと強調していた。
加藤義弘団長(日青協会長)に聞く
状況に左右されない人間的な付き合いを
初めて訪朝したのが、1989年に平壌で行われた第13回世界青年学生祭典の時だった。続いて96年に水害支援をかねた代表団の団長として訪朝した。今回が3度目の訪朝となる。定期交流ということで訪朝の日程は以前から上がっていたが、情勢を見ると多少の心配はあった。
訪朝してみると、すべてとは言えないがこちらの要請に誠意を持って応えようとしてくれていることがわかった。
到着した日に行われた歓迎レセプションの翌日、李日煥第1書記と会談した。驚いたのは、日本の状況をよく把握していることだった。
とくに、9月頃から起きている在日朝鮮人への人権侵害事件など細かいことまでよく知っていて、時には厳しい口調で話したり、大変心配していた。朝鮮側は在日朝鮮人への暴行事件などを日本に対する大きな不信をいだく問題としてとらえており、さらにこの問題に対して日青協側に何らかの対処をしてくれるよう求めてきた。私たちもこうした状況を改善していくため努力すると伝えた。
話し合いの中で、日朝関係は大変悪化しているという感触を受けたが、そうした中で朝鮮側が訪朝団を受け入れてくれたのは、20年間の弛みない交流の成果だと思っている。
今後は当然、日朝国交正常化に向けて努力していきたいと思っているが、そのためにあらゆる交流を重ねていきたい。
まずは、日本にいる在日朝鮮人との付き合いをどうしていくかだ。例えば、地元の朝鮮学校を訪ねるとか、理解を深めていくことが大事だ。互いの違い、意見の違いに向き合っていく関係を作りながら、腹を割って話せる人間的な付き合いをしていきたい。そうした本音の付き合いを重ねていくことが、国家間の関係も動かすのではないか。結局、国交がないという状況を突き破っていくのは青年たちの力だと思っている。
日中も国交を正常化する約20年位前から日青協は中国に代表団を送るなどの交流をしてきた。日朝の国交正常化交渉中断という状況に左右されず、むしろこちら側が壁を突き崩すような大きな役割を果たしていきたいと思っている。(談、文責編集部)