金正日書記の8月4日労作 統一遺訓実現へ(1)

背景/喪明け、客観的環境も整う


 金正日書記の喪明け後初となる長文の労作は、統一実現への固い決意表明だった。書記は8月4日、祖国解放52周年に際して発表した労作「偉大な領袖金日成同志の祖国統一遺訓を徹底的に貫徹しよう」で、統一に関する主席の指導業績を集大成し、その遺訓を貫徹して統一を実現するための理論、実践的問題を明らかにした。(東)

固い決意の表れ

 8月15日は、朝鮮が日本の植民地支配から解放され、独立した日であると同時に、民族分断の歴史が始まった日でもある。南北、海外の統一勢力は、解放50周年の95年を統一元年にしようと努力してきた。

 金日成主席は統一実現のために精力的に活動し、94年7月25〜27日の最高位級会談開催で南北が合意するよう導いた。しかし主席は、統一問題に関する重大文献に最後のサインを残して7月8日に急逝。会談は実現せず、南朝鮮当局者の道理を欠いた対応と対北強硬策の強化によって南北対話も中断し、統一への道は閉ざされた。

 それから共和国は3年喪に入った。今年の8・15は、喪明け後初の解放記念日である。

 「近い将来、統一を実現できる明確な闘争綱領と方向、方途を明らかにした」(労働新聞8月21日付社説)金正日書記の労作は、主席の遺訓に従い統一を実現し、分断の歴史を引き延ばしてはならないという書記の固い決意の表れだ。

継承、発展の土台築く

 統一は全民族の悲願だ。喪明け後の金正日書記にとって、何よりも統一問題に関する基本姿勢と政策を内外に公表することは不可欠だったと言える。

 書記は主席の逝去後の3年間、数々の著作を発表して朝鮮式社会主義を継承、完成させるという共和国の基本路線を示し、その路線で進むための土台作りに全力を注いだ。

 主席の逝去百日に際した94年10月16日の談話「偉大な主席を永遠に戴き、主席の偉業を最後まで貫徹しよう」で主席の偉業継承への決意を明確にし、94年11月1日には論文「社会主義は科学である」で朝鮮式社会主義建設の理論的根拠を示した。喪明け直前の今年6月19日の労作「革命と建設において主体性と民族性を固守するために」では、その具体的な方法について述べ、喪明け後の国と民族のあり方を描いた。

 一方、党と青年に向けた論文や談話の発表、軍への精力的な指導により、「書記の指導を実現できるよう党と革命隊伍(主体)をしっかりと整え」た。

 こうして3年間、「主席の偉業を揺るぎなく継承、発展させていけるしっかりとした政治思想的基礎を固めた」(以上労働新聞8月9日付論説)書記は、喪明け後、その基礎のうえで、主席の遺訓中の遺訓である統一を、主席の偉業を継承、発展させる道に沿って実現するための政策を示したのだ。

対決政策是正促す

 統一実現へ向けた客観的な環境も整いつつある。

 南朝鮮では12月、「大統領」選挙が行われ、来年2月には金泳三に代わる新たな「大統領」が就任する。書記は労作で、南の当局者たちが今後、現在の反民族的で反統一的な対決政策を改め、実際の行動で示せば、いつでも会って話し合い、統一のために共に努力すると指摘したが、これは、新「大統領」へのメッセージと言えよう。

 また書記は労作で、米国と日本をあげ、統一問題解決における関係諸国の肯定的役割について指摘した。米国とはこの3年間で大幅に関係改善が進み、朝鮮半島の恒久的平和のための四者会談に向けた予備会談も始まった。日本とも、国交正常化交渉の早期再開で合意した。

 

祖国統一3大原則

 @外部勢力に依存したり干渉されることなく自主的に A相手側に対する武力行使に頼らず平和的方法で B思想と理念、制度の違いを乗り越え単一民族として団結を――を内容とする。金日成主席が提示した。

 金正日書記は8月4日労作で「自主、平和統一、民族大団結の3大原則は、祖国統一問題を民族の意思と利益に則して民族自体の力で解決できるようにする根本的立場と根本方途を示した祖国統一の礎石だ。祖国統一3大原則は、北と南が7・4共同声明を通じて確認し、内外に厳粛に宣布した民族共同の統一大綱だ」と指摘した。3大原則を基本内容とする7・4共同声明は、72年7月4日に発表された。

 自主の原則は国と民族の運命に関わる根本問題、民族統一運動の出発点。平和統一原則は全同胞の志向に合わせて統一問題を解決するための根本方途。民族大団結原則は、祖国統一の旗のもと、全民族を一つに結集させるための行動指針。