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〈本の紹介〉 朝鮮数学史

数学と格闘した先人たち

 数学を英語でマスマティックスというが、その語源は「学ぶ」を意味するラテン語である。つまり数学は学びの第一歩であり、また教養の一部という考えがあった。同時に数学は、日常の経済活動や科学発展に不可欠な道具として、その実用的役割についてはあらためて述べるまでもない。ゆえに、数学こそは普遍的な学問分野として科学史のもっとも重要な部分を占めているが、これまで朝鮮数学史の書籍は北南朝鮮を通じても金容雲・金容局による「韓国数学史」のみであった。その理由は数学全般と朝鮮史に関する知識とともに、漢文の素養が必要となるからである。

 そして、最近2冊目となる川原秀城東大教授による「朝鮮数学史」が出版された。著者は中国数学史の専門家でもあり、「韓国数学史」が朝・日数学の比較分析を好んで行っているならば、本書は朝・中数学の分析に重点を置いている。

 実際、本書の構成は中国の数学と数学思想を緒章として、新羅と高麗の数学、世宗と朝鮮朝数学のフレームワーク、東算の成立と天元術、西算の伝入、純性理学的な数学書の出現、正祖期の数学と西算の伸張、西算の深化と伝統の再評価、実学者の算学研究の各章があり、終章が朝鮮数学と東アジアとなっている。その大部分は朝鮮王朝時代の数学に充てられているが、中国数学の受容を基本とした伝統数学が独自の発展を遂げるのが朝鮮王朝時代のことであり、著者はそれを「東算」と表現する。この呼称は朝鮮の医学を「東医」と呼ぶのと同様の主旨であるが、その中心にあるのが14世紀以降中国ではすでに途絶えていた方程式の解法である「天元術」である。この天元術は壬辰倭乱時期に日本に伝わり和算の発展を促している。このようなことから著者は、和算の起源は中国でルーツは朝鮮と表現している。

 さて、東算に対し中国の数学が中算、日本の数学が和算ならば、もう一つ西洋の数学は西算である。そして三国それぞれにおける西算への対応が興味ある問題として浮上してくるが、本書の後半はまさに朝鮮の数学が東算から西算へと変化していく過程を追究している。とくに、その根底にある思想的変容の解明が本書の特色と言えるが、副題の「朱子学的な展開とその終焉」はそれを端的に表している。

 本書は朝鮮で刊行された数学書を丹念に読み解いた本格的な研究書なので、一般の人が通読するのは容易ではない。しかし、先人たちが数学とどのように格闘し、歴史に跡づけたのかを鮮やかに描いた魅力あふれる書籍である。これまで日本では朝鮮科学史の研究書として、三木栄「朝鮮医学史および疾病史」、田村専之助「李朝気象学史研究」が知られていたが、本書もこの分野の先駆的業績として長く読みつがれるだろう。(川原秀城著、東京大学出版会、6800円、TEL 03・3811・8814)(任正・朝鮮大学校理工学部教授)

[朝鮮新報 2011.4.28]