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劇団タルオルム「金銀花永夜」 支えあって明日切り開く


東京・新宿で158人観覧 涙と感動あふれるウリハッキョの物語

崔金花教員と銀花。金銀花(花の名前)の強く明るく生きて行こうと話しあう

 劇団「タルオルム」の公演「金銀花永夜―クムンファヨンヤ―」が2月25日から27日まで、東京・新宿にある新宿タイニイアリスで上演された。会場には3日間で約158人が訪れた。

 祖国解放間もない日本で、1世が血と汗で作り上げた「国語講習所」からはじまり、2世の力で守られてきた民族教育。「子どもたちに自国の言葉と民族を愛する気持ちを育てたい」という1世の思いは受け継がれ、現在もウリハッキョではウリマルを学ぶ子どもたちの笑顔であふれている。舞台では、そんなウリハッキョの日常と1年に1度の学芸会の様子が描かれた。

 同劇団の金民樹団長演じる主人公の崔金花教員は、人生の大半をウリハッキョに捧げてきた。彼女の民族教育に注ぐ惜しみない情熱は、他の教員からの信頼を呼び、多くの生徒からも慕われる存在だった。

学芸会の舞台で舞踊を披露する銀花

 学芸会当日まで時間がない中、演目内容に頭を悩ませる教員たち。授業、部活指導に加え、年に一度の学芸会にむけハードスケジュールの日々が続く。教員数が少ない中で一人ひとりの存在が重要であった。あらゆる問題を抱えながらも、生徒たちの晴れ舞台を成功させるべく、お互い支えあい協力するリアルなシーンが印象的だった。

 そんな中、人一倍健康に気を使っていた崔教員がある日、病院でがんを宣告され入院を余儀なくされた。

 太陽のような存在であった崔教員の不在にみな不安と葛藤を隠せない。他の教員らで仕事を分担するが、うまく回らず、崔教員の存在の大きさを再認識する。

学芸会の演目選びに頭を悩ます教員たち

 そして当日の朝、とうとう崔教員は生徒たちの晴れ舞台を見ることなくこの世を去った。

 劇中、舞踊を練習する銀花(ウナ)に崔教員が話しかけるシーンがある。「金花(クムファ)と銀花(ウナ)をあわせて金銀花(クムンファ)。寒い冬も耐え忍ぶ強い花の名前になるんだよ」。厳しい時代の中でも明るく生きていこうという次世代への思いを込めた崔教員のせりふは、この作品に込められたメッセージでもあった。

 この作品は、東大阪朝鮮初級学校で実際起きた出来事を聞いて、「May(メイ)」の座長である金哲義さん脚本を執筆した。モデルになったのは定年を2年も延長し同校の教壇に立った故洪錦純教員。去年の6月には、同校講堂で初公演が行われた。全校生徒や多くの同胞、日本市民が観覧し会場は笑いと涙であふれた。

 この話は同校に限ったものではない。在日を取り巻く情勢は厳しい中、在日同胞の宝である民族教育を守ろうと日本各地の朝鮮学校で必死にたたかうソンセンニム(先生)たち。その等身大の姿を映し出した作品に多くの観客たちが心を打たれた。(尹梨奈、写真はタルオルム提供)

新しい時代の前夜 寺脇研京都造形芸術大学教授・元文部省政策課長

 文部省(当時)の役人をしていた10年以上前、朝鮮大学校の国立大学受験資格問題などの問題が起きていたときから、朝鮮学校の問題にかかわっていた。今日この演劇を見て、2000年7月に初めて栃木朝鮮初中級学校に訪れた時のことを思い出した。その時目にした、劇中に出てきた少女のようにチョゴリを着た生徒たちが一生懸命勉学に励む姿は素晴らしく、いまだ解決されない「高校無償化」問題を考えるとまったく情けなくなる。

 今回の作品では、あらゆる差別と抑圧を受けた1世が抱く「恨」の気持ちを受け継ぎながらも、今の状況をいかに変えていくかという、新世代の在日らしさがにじみ出ていた。20世紀は、日本人の歴史認識をいかに正すかという問題が提起されていたが、21世紀は日本と朝鮮の関係をいかにつなげていくのかという問題が問われる中で、それを自分たちが担っていこうという決意がこの作品から感じられた。そういう意味でも日本での在日コリアンの存在意義は大きく、今日の公演を通じて日本の新しい時代の前夜を見た気がした。とてもよかった。

一市民としての支援を 古田武 高麗野遊会実行委員

 朝鮮学校の現在を描いた劇団タルオルムの「金銀花永夜」は、単なる「お芝居」として観てはいられないほど生々しくとてもリアルなドキュメンタリータッチの舞台だった。

 客席の目の前で演じられている教師役の姿はまるで本物の教師にみえる。血と汗で築き作り上げてきた民族教育の場である朝鮮学校を過去の歴史を引き継ぎ、どんな苦難にも笑顔で未来に向かって生きぬいていく「崔金花先生」をはじめとする教師たちの姿は感動的だ。

 朝鮮学校の生徒たちは日常化している「朝鮮バッシング」中で耐え暮らしている。

 民族舞踊を懸命に習っている「申銀花」を演じている子役の娘がいじらしく可愛い。この子たちのためにも、公的支援を受けられない朝鮮学校へ、一市民としてでも何らかの支援ができないだろうか、具体的な支援の行動を起こしていかなければ・・・と考えさせられた舞台であった。もっと多くの人たちに、この作品を見てもらいたい。依頼公演も可能と言うことなので何時かその機会をつくりたいと思う。

[朝鮮新報 2011.3.3]