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〈本の紹介〉 文学者たちの大逆事件と韓国併合

日本近代史の汚点焙り出す

 著者は、大逆事件と「韓国併合」を「日本近代史の二つの汚点である」と断定しているが、この「汚点」は列強に伍することを宿願とした後発の日本帝国主義がその地歩を固めた出来事であった。

 本書は大逆事件が近代文学に及ぼしたインパクトについて点描的に叙述しつつも実は思想史的な重層を成す研究書である。このテーマについてはすでに石川啄木、森鴎外、永井荷風、佐藤春夫、与謝野鉄幹に関して考察がなされてきたが、著者は大逆事件の天皇制帝国主義性格を鮮明にして、柳田民俗学に論及するなど新たな問題点を鮮明にしている。

 夏目漱石の「それから」の犀利な分析、谷崎潤一郎の「吉野葛」についての作品構造の解析は鋭利である。さらに、北村透谷、高山樗牛、有島武にまで及ぶ、大逆事件の文学的後遺症が、近代文学を読み込んだ著者によって焙り出されている。

 朝鮮に関してはまず、植民者である小林勝の文学の根底に讀罪意識があることを作品で例証し「戦後日本文学の臨界点」を示している。

 いわゆる在日朝鮮文学にかなりのページが当てられているが、金石範の「火山島」を「『戦後日本語文学』の金字塔である」という評価は妥当である。しかし、金時鐘への高い評価には疑問を呈したい。「それほどに私の『在日』は罪深い日々にまみれている」とマイナス志向で述懐する金時鐘の詩は、自らの精神を意識的に切り刻んで書かれているとは思うのだが、そこからは未来を開拓するアンガージュマンの詩は生まれえない。

 本来「韓国併合」と朝鮮文学について語るならば、李光洙、崔南善をはじめ親日文学者を輩出した近代朝鮮文学の退廃の根源を究明することが第一義的だが、それは著者の領域ではないと思われるので望蜀の類であろう。

 それにしても朝鮮植民地化に対する日本人の側から怒りが浸透した本書のインターナショナリズムは、評価されてよい。(高澤秀次著、平凡社新書、760円+税、TEL03・3818・0874)(辛英尚・文芸評論家)

[朝鮮新報 2011.2.25]