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〈歴史×状況×言葉 朝鮮植民地支配100年と日本文学〉 第12回 中島敦(下)

自己を揺るがした朝鮮体験

愼蒼宇著「植民地朝鮮の警察と民衆世界」(有志舎)。植民地期の警察と民衆の関係について詳しい

 中島敦の「巡査の居る風景―一九二三年の一つのスケッチ―」は、日本の支配権力の下で巡査として働く主人公趙教英の民族的葛藤を、同化と差別、親日と反日が入り混じる植民地下ソウルの複雑な現実とともに描いた。弱冠20歳の頃の習作だが、植民地支配の虚偽、3.1独立運動以後の「文化政治」の欺まん性を告発し、とくに日本人の立場から、朝鮮人巡査という支配と被支配のはざまで揺れ動く人物を造型した点は特筆に価する。

 民族への「果たされない義務の圧迫感」と、抵抗への覚醒に対する恐怖の間で怯える趙は、朝鮮総督への爆弾テロ犯を捕えた際、犯人の朝鮮人青年から「捕われたものは誰だ。捕えたものは誰だ」と突きつけられる。その問いは、日本に渡った夫を関東大震災で虐殺され、その事実を告発し巡査に捕まる娼婦金東蓮によって、さらに振幅を増す。「何だ、お前だって、同じ朝鮮人のくせに、お前だって、お前だって」と。植民地主義とは、被支配者同士を分断する暴力であること。朝鮮人が、支配者の手先となって同じ朝鮮人を差別する。「同じ朝鮮人のくせに」対立し合うよう仕向けられる構図は、まさしく克服すべき今日の現実そのものである。

 二人の視点人物を交互に配置する作品構成は、植民地支配が民族内部に強いた分断関係と諸矛盾を、「一九二三年」という一つの時空間の中に再構成する方法意識としてすぐれているのみならず、おそらくは日本に帰国後あらためて知ったであろう大震災時の朝鮮人虐殺事件の衝撃とともに、日本の支配にあえぎかつ抵抗する朝鮮人の原像が、文学を志しはじめた頃の中島の内面に刻印されていたことを示す。そのような原体験、原風景を持つ中島が再び朝鮮を回顧するとき、それは単なる郷愁ではありえず、自身の痛覚となって思い出されるべきものとなる。

 そのことを示すのが、私小説風の「プウルの傍で」という作品だ。満州旅行の帰途ソウルの母校を訪れ、プールに身を浮かべて朝鮮での学生時代を回想する主人公三造。孤独だった少年当時、父への反発から、異国美あふれる植民地へのエキゾチシズムへといっそう駆り立てられ、回想は、思春期の性的関心とあいまって赴いた遊郭での朝鮮人幼娼との思い出へと向かう。

植民地期ソウル本町の様子。「プウルの傍らで」で三造が赴く遊郭も本町にあった

 「オルマヨ(いくらだ)」と朝鮮語で話す三造に「ヤスイヨ」と日本語で返す少女。否応なく身につけさせられた、無邪気な表情にあまりに似つかわしくない少女の野卑でいびつな日本語。少女の境遇を過敏に読み取ってしまう三造の欲望充足はそらされ、逆に自分が一日本人客としてしか見られていないことを過剰に意識させる。三造の片言の朝鮮語自体、彼が嫌悪し反発する大人たちの使う言葉だ(言語が権力を担ってしまう問題、中島文学の主題は、こうして少年期にすでに朝鮮で見出されていた)。自己嫌悪的な不機嫌は募り、もはや彼は少女を直視できなくなる。

 この朝鮮人幼娼や金東蓮など植民地の最たる弱者として追いやられた下層女性たちのいる場所で体験した、欲望の対象として被支配者を見る側から、見られる側への位置の転倒。それは自身の支配者としての暴力性を自覚させ、かつ不安や自問となってはねかえる。三造はついに少女と肉体を交すことなく、だが遊郭に行ったことで上級生の「制裁」を受ける。その苦い記憶は「肉体への屈服」と「精神への蔑視」という想念へと至る。それは「どういうことなんだろうなあ、一体。強いとか、弱いとか、いうことは」という「虎狩」の主人公趙大煥の問いに通じている。

 中島にとって朝鮮とは自己成長、文学的出発とともに、「強い/弱い」「支配/被支配」の関係を越えようとする観念を、痛みとともに抽出させた場所だった。自己への懐疑、存在の問い、言語と権力、他者のまなざしによる認識のゆらぎ―その文学が豊かにたたえているテーマの底流に、朝鮮体験が息づいている。他者を消去し、ナルシスティックな自己像をつゆほども疑わぬ現代日本にあって、教科書に載る中島作品が、その朝鮮体験とともにいっそう深く読まれたい。(李英哲・朝鮮大学校外国語学部准教授)

[朝鮮新報 2011.1.24]