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〈本の紹介〉 遺伝学者桂応祥 「探究者の生涯」

壮絶、自己の信念貫いて

 朝鮮の「衣」の問題を解決するうえで大きな功績を残したビナロンの発明者・李升基博士とともに必ず挙げなければならない人、それが古典遺伝学を駆使して朝鮮の気候風土に合う生産性の高い蚕を多数育成し、朝鮮最初の農学博士となった桂応祥である。

 1893年に平安南道定州郡の山間にある炭焼きの家に生まれ、あらゆる艱難辛苦を乗り越え研究者としての道を突き進み、「放浪の科学者」とさえ言われた博士の壮絶な人生は、「探究者の生涯」という実録小説にもなっている。本書はその翻訳である。

 村の書堂を終えて19歳でのソウル五星中学の入学をスタートに、恩師の援助による日本への渡航と九州帝大の苦学生活および助手としての研究活動、中国広東・中山大学の教授時代と南京大虐殺事件の余波、トランクいっぱいに詰めた繭を持ってハノイを経ての帰国と日本の官憲による逮捕、解放直後の水原農事試験場での活動と米軍政の迫害、そして越北以降の活躍など、読んでいて驚くばかりである。とくに、後半のミチューリン・ルイセンコ学説論争は圧巻である。

 旧ソ連を席捲したその学説は環境が生物に変化をもたらすというもので、古典遺伝学と鋭く対立する。

 その後、一部の人たちは博士を排除しようとするのだが、博士は金日成将軍の厚い信頼のもと、ひたすら生産性の高い蚕の育成に励み、自己の研究の正しさを証明する。

 そして、農業科学院・院長としてモスクワを訪れた際に当のルイセンコと対決するのである。

 晩年の博士は蚕のダイヤモンドといわれる「天蚕」の改良に挑むが、残念ながらそれを果たすことなく交通事故でこの世を去る。享年75、最後まで波乱の人生であったが、自己の信念を貫き通したその生涯は、今日を生きる在日同胞にも大きな力を与えてくれる。(リ・ギュテク著、成大盛訳、倍達社、1500円、TEL075・492・4762)(任正爀・朝鮮大学校理工学部教授)

[朝鮮新報 2011.1.21]