東日本大震災 1200q走り続けた55歳 |
広島県商工会副会長の李正雄さん
震災以降、初の同胞犠牲者が確認されたのは、長期出張で茨城に出向いていた2人の広島県在住同胞だった。総連緊急対策委茨城県本部が対応し、遺族が行う手続きをサポートしたことを伝え聞いた李正雄さん(55、広島県商工会副会長、広島市東地域商工会会長)は、青春時代に広島で朝青活動を共にしたことがある旧知の総連茨城県本部の李栄勲委員長に感謝の意を表すため、茨城で不足している物資を支援しようと申し出た。しかし、李栄勲委員長は「被害がより甚大な東北地方に物資を届けてほしい」と李さんに伝えた。
広島から被災地の宮城と福島へ行くことが決まった。 3月25日、広島から2人の救援隊が総連緊急対策委宮城県本部のある東北朝鮮初中級学校に到着した。1200キロメートルの道のりだ。同校出身の広島朝鮮歌舞団団長と共にトラックから降りてきたのは、55歳の李さんだった。広島からの長距離を駆けつけてくれたその姿に、宮城対策委のメンバーたちは「おぉ!」と驚きの声をあげた。 「広島の同胞は、宮城の同胞たちを応援している。共にがんばろう!」。短い言葉に熱い思いが込められていた。多忙な仕事を休んで飛んできた李さんをメンバーが囲み、その場は感動的な拍手に包まれた。 救援物資を渡したあと、李さんは被害の大きかった東北初中の校舎を見てまわった。「物資を届けるのも大事だが、現地に来ると、学校の再建がもっとも緊急の課題だということがわかった。全同胞がハンマウム(一つの心)になれば、学校の復旧も夢ではない。広島の同胞は協力を惜しまない」。 広島初中高を卒業後、自動車関係の仕事に就き、広島県青商会の初代会長を務めた李さんは、若い同胞を網羅した明るい広島同胞社会を作ることを目指している。同じ志を持ち、広島初中高を盛り上げていこうとがんばっている青商会の後輩たちの姿を見ると、胸が熱くなるという。 「彼らが『広島の光』だから。自分は50代だが、30代の考え方、行動力を応援していきたい。商工会の活動もがんばるよ!」とにっこり笑いながら、「信念があれば何でもできる」という言葉を宮城の活動家、同胞たちに残し、休む間もなく次の訪問先の福島へと向かった。 [朝鮮新報 2011.4.20] |