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〈ベスト4への道 大阪朝高ラグビー部物語-3-〉 いざ、「全国大会」へ

「ハナ、ミドゥム、スンリ」

大阪朝高ラグビー部は、同胞たちに大きな力と勇気を与えた(対桐蔭学園戦)

 新チームを率いることになった呉泰誠主将は、「まずはチームワークを固めること。そして、部員一人ひとりがプレーに集中し大阪朝高のラグビーを楽しめる最高の環境を作るために努力した」という。

 同時に同級生たちには、「自分たちを『最弱』呼ばわりした周囲を絶対に見返してやろう。歴史に残るようなことをやってのけよう」と常に呼びかけた。同級生たちは主将の呼びかけに積極的に応えた。

 1年間の練習をこなし、いよいよ「全国高校ラグビーフットボール大会」の大阪府予選が始まった。予選の間、呉泰誠主将は「チャレンジャーとして臨む」という気持ちをいつも忘れずに戦った。

 「負けたら終わりというプレッシャーもあったけど、自分たちが1年間やってきたラグビーと自分の力を信じて楽しんで試合に臨もう、そうすればおのずと道は開けるとみんなには常に言っていた」

 予選を順調に勝ち進んだ大阪朝高は、府予選決勝で常翔啓光と対戦する。これまで公式戦では一度も勝ったことがない相手だ。決勝を2日後に控え、高3の選手たちは合宿をやりたいと呉英吉監督に提案した。

 合宿の最終日、2人のOBを入れてAチームとBチームの紅白戦を行ったのだが、Bチームの高3は(負傷者が出るのではないか)と呉監督が心配になるくらい、本気でぶつかっていった。

 そしてAチームの後輩たちに、「絶対に勝て! 死ぬ気で決勝に臨め」と涙を流しながら訴えた。高3は最後に呉泰誠主将のスパイクに「하나(ハナ、ひとつ)、믿음(ミドゥム、信頼)、승리(スンリ、勝利)と書き込み、常翔啓光に勝つことを固く誓った。

 昨年11月8日、近鉄花園ラグビー場第1グラウンドで行われた府予選決勝。大阪朝高の選手たちは物怖じすることなく果敢に攻め立てて、25−19で常翔啓光を下し、2年ぶり4度目の「全国」への切符を手に入れた。

 康貴普選手は、「啓光との決勝が一番思い出に残っている。みんなが楽しみながら、やりたいことをできた。相手に思い通りのプレーをさせなかった」と話す。優勝が決まった瞬間、金仁照選手の頭に浮かんできたのは、「あと2カ月、みんなと一緒にラグビーができる」といううれしさだった。

 呉泰誠主将は、「『ほら、勝ったやろ』って思った。自分たちのラグビーが通じる、大阪3強の一つに勝ったことが本当にうれしかった」と振り返った。

「この1年すべてが思い出」

新たな歴史は、後輩たちに受け継がれている(対流通大柏戦)

 いよいよ「全国大会」に乗り込んだ大阪朝高。初戦の新潟工業戦を50−0で完勝した選手たちにとって、最も気合いの入ったのが8強をかけた国学院久我山との一戦だった。

 「相手は東京ナンバーワンのチーム。おまけに東京朝高が都予選大会決勝でボコボコにされた相手。ベスト8という新しい歴史を創造するためにも、絶対に負けられへんと思った」(呉泰誠主将)

 激しい攻防の末に国学院久我山を15−7で下し、念願の8強入りを果たした勢いで、ベスト4という快挙を成し遂げた。

 「チームのみんなで楽しくラグビーをすることができた。同級生たちとラグビーについて語り合ったり、ワイワイ騒いだのが一番記憶に残っている」と話すのは金仁照選手。朴鐘圭選手は、「このメンバーで正月を迎えられた(「全国大会」に出場するということ)のが本当にうれしかった。さらにいいチームにしたいとみんなが努力した結果が、ベスト4につながった」と感慨深げだ。

 呉泰誠主将は、「この1年間の一日一日の全部が思い出。仲間たちと遊んで、やんちゃして、ラグビーに打ち込んだ本当に楽しい1年だった」とほほ笑んだ。

 「史上最弱」と言われ続けた高3の選手たち。くじけそうな時には同級生同士で励ましあいながら、悔しさをバネにひたすらラグビーに打ち込んだ。

 監督やコーチ、学父母やOBたちに支えられ、その愛情に応えようとがんばってきた3年間の努力の結晶が、4強という新たな歴史を創造したのである。

[朝鮮新報 2010.2.3]