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〈みんなの健康Q&A〉 環境不適応−治療と予防法

 Q:人々のストレス反応について教えてください。

 A:精神医学的に見ると、身体症状として、はじめは疲労感を感じやすくなり、やがて身体的には異常がないのに、腹痛などの身体症状を訴える「心気症」や、実際に胃潰瘍、狭心症など臓器障害が出現する「心身症」と呼ばれるものがあります。

 自分にかかっているストレスに気付かない人の間違った行動化としては、無断欠勤、仕事のミスの多発、対人トラブル、ギャンブルや問題飲酒、暴力などといった逸脱行動が挙げられます。

 精神面では、「出勤したいのにできない」という強い葛藤から、就業への不安、緊張、焦燥などの症状が認められ、うつ状態や不安神経症、あるいはパニック障害などが目立ちます。

 具体的には「職場に近づくと動悸がし、冷や汗が流れ、足がすくんでしまう」「出社しようとしたが、できずにUターンしてしまい、公園などで終日ぼーっと過ごしてしまった」「朝起きられない」というような症状が見られるようになります。また、「部分的なうつ状態」としては、仕事や会社に対してのみ「うつ状態」となります。

 Q:限られた場でのみ発症するのですか?

 A:たとえば「月曜日の朝はひどく憂うつな気分におそわれるが、金曜日の午後からは気分がよくなる」「仕事では落ち込んだ気分になるけれども趣味には熱中できる」といった状態です。

 単なるうつ気分、不適応によるうつ症状、うつ病による抑うつ気分との違いは、「憂うつの程度をバネの長さ、ストレスはバネを引っ張る力」に例えると「伸び縮みするバネ、伸び過ぎたバネ、伸びきったバネ」の違いに例えられます。何か嫌なことや悲しい出来事が起きて、憂うつな気分・悲しい気分に沈むのは誰でも経験することでしょう。しかし、ほとんどの人は問題が解決すれば、気分が晴れますし、解決しなくても時間が経つことで気持ちが幾らかは和らいだりするものです。

 人の「こころ」は、まるでバネが伸び縮みするように柔軟に変化し対応できるものなのです。このバネの復元力の強さが個人のストレス耐性の強さ(タフさ)と考えることができます。

 不適応によるうつ症状では、ストレスによりバネが過度に長く引き延ばされてしまった状態と考えられます。予想以上に憂うつが強ければ、一時的にバネ本来のしなやかさは失われますが、伸び縮みする力はまだ多少は保たれており、ストレスが消失すれば、症状は速やかに軽減するのが通常です。

 それに対して、うつ病による抑うつ気分は、きっかけとなった問題が解決し、その後に何か良いことがあったとしても、安心したり楽しい気持ちになったりせず、さまざまなことが憂うつに感じられ、時間がたってもその気持ちが持続してしまいます。まるで「伸びきったバネ」のように気持ちが戻らなくなってしまうのです。

 心理社会的ストレス(環境要因)と個人的素質(個人要因)とのバランスの中で、いろいろなストレス反応(心理反応、行動反応、身体反応)が生じますが、これらは、外部からの刺激に適応するために必要な反応なのです。

 ところが、ストレスの質や量が本人の許容量をはるかに超えてしまったり、本人がストレスに対して過剰に敏感であったりした時に、このバランスが崩れてさまざまな症状が出現するようになるのです。

 不適応・適応障害の出現に関しては「個人の要因」が大きく影響しますが、心理社会的ストレスがなければ、この状態は起こらなかった、と考えるのが基本的な考えです。

 Q:治療はどのように進められますか。

 A:不適応・適応障害の治療は、まず原因となっている心理社会的ストレスを軽減することが第一です。

 ストレスへの適応を促す主な方法としては、本人のストレス耐性を上げる、周囲のサポートによるストレスの軽減、あるいはストレス自体の軽減などがあり、これらを目指して、私たち精神科医は、患者さんをサポートしていきます。本人のストレス耐性を上げることは、最も理想的な方法であり、回復の目標でもあります。

 しかし、認知行動療法などの精神療法によって、ストレスへの対処方法を体得してストレス耐性を上げるためには、ある程度の時間を必要とするので、心身の不調を抱えた状態では、治療の継続が困難な場合もあります。

 一方、最も合理的と考えられる方法は、周囲によるサポートが治療の中心となるものです。

 周囲によるサポートとは、相談に乗り、助言や教育を行うことによって、一緒にストレスへ対処していくことです。環境要因を調整し、適応しやすい環境を整えることや、場合によってはしばらく休職、休学して休養し、心的エネルギーの回復を図ることが必要となってくるのです。

 また、心理的葛藤に関して、自分の性格や対人関係能力などを把握し、「物事が上手くいかないのは、『うつ病』のせいだけではなく、生き方や考え方にも問題があるのだ」と、自ら気付くことも大切です。

 一見、生き方や考え方を変えるなんて大変そうですが、「この部分だけ」と限定しながら見方を変えていけば、そう大変ではありません。精神科医の役割には患者さんに「物事の見方を変える手伝いをする」ことが大きな役割の一つなのです。

 また、「不適応」自体を治す特効薬はありませんが、さまざまな症状の一つひとつに対処する薬を使うことはできます。不安症状が強ければ抗不安薬を、うつ症状が強ければ抗うつ薬を服薬する、というように、それぞれの症状に応じて薬物療法で対応すれば良いのです。

 Q:日常生活での注意点や、「不適応」の予防法について教えてください。

 A:新しい環境になじむためには、相応の心的エネルギーを使いますので、合間合間に適度の休養をとったり、気分転換をしたり、日頃からストレスを溜めない生活を心がける必要があります。日頃から適度な運動を心がけるのも良いでしょう。

 しかし、すでにストレスがかかった状態から新たに運動を始めると、発散目的の運動が「新たなストレス」となりますから注意が必要です。また、適切な相談相手をもって、一人でくよくよと考えないことや、他人と適度な距離をとりつつ、いかに上手に付き合い、その中でいかに自己実現をしてゆくか、ということを心がけることも大切なことでしょう。

 誰でも新しい環境に慣れて社会適応するためには、多かれ少なかれ苦労をしたり、いろいろな工夫や選択を要求されたりします。それがうまくいかなくなった場合には、会社では職場不適応、学校では登校拒否、といった形で表れるのです。そうならないためにも、今回のお話が少しでもお役に立てたならば幸いです。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2010.11.24]