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〈渡来文化 その美と造形 34〉 ローマングラス碗

新沢千塚126号墳出土の切子碗(高さ6.3センチ、口径7.8センチ、厚さ1〜1.5ミリ、5段の切子、重要文化財、東京国立博物館蔵)

 古代、遠くペルシャの文物が数多くシルクロードを経由して中国、朝鮮にもたらされ、そしてそれらの多くは直接的には朝鮮から日本に移入された。その中に碗、皿、杯、瓶などのガラス容器がある。

 日本のガラス容器は、大きく、5世紀頃にはローマングラス系(新沢千塚126号墳出土切子碗・皿、正倉院蔵白瑠璃高杯など)、6〜7世紀頃にはササングラス系(正倉院蔵白瑠璃碗・伝安閑陵出土切子碗、正倉院蔵紺瑠璃杯)などに分類できる。ここで扱うのはローマングラスである。

 切子文様はガラス容器に砥石で円形などの文様を彫り込んだものである。

 奈良県橿原市の新沢千塚126号墳からは、朝鮮からもたらされた多数の金製装飾品とともに、切子グラス碗が出土している。この碗はコバルトブルーのガラス皿の上に載せられたセットとして出土した。この古墳は伽耶渡来人の墓として知られている。

 碗は、底が丸く、頸部がややくびれて口縁部に続く。底から胴部にかけて円い切子文が、砥石で研磨した部分と研磨しない部分とに一段おきに配されている。碗と皿のセットでの出土例は非常に珍しい。

 また、正倉院宝物の中に、高さ8.5センチ、口径12センチ、一段18個、4段の切子を持つ白瑠璃碗があり、これと、大きさ、材質、各段の切子の数などがほぼ一致する切子碗がある。「伝安閑天皇陵出土切子碗」で、大阪府羽曳野市の伝安閑天皇陵から、18世紀初めに出土したことが知られていた。この碗は西琳寺が保管していたが、現在は東京国立博物館に保存されている。

 西琳寺のある地域は、百済からの渡来人の有力集団であった西文氏の勢力圏であり、西琳寺は、7世紀前半に西文氏によって建立された。

 ところで、朝鮮半島では、4世紀から6世紀前半までの新羅古墳(10基)から計25点のローマングラスの器が出土している。

 そのうちでも、金鈴塚(慶州・5世紀)から出土した紺色斑点文碗、および伽耶領域である陜川玉田M6号墳(5世紀)から出土した前記と同様の碗は、新沢千塚126号墳の碗と同種のものであった。

 高句麗では西官管子第2号墳からローマングラス1点が発見されているが、百済での出土例は未だない。

 日本列島の文化形成には、直接・間接的に朝鮮三国の影響が強かったが、ローマングラスもそうであった。今でこそさほど珍貴なものではないが、古代の人々にとっては光にキラキラ輝くこの碗は仰天に値するような「宝」であっただろう。(朴鐘鳴・渡来遺跡研究会代表、権仁燮・大阪大学非常勤講師)

[朝鮮新報 2010.11.22]