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〈歴史×状況×言葉 朝鮮植民地支配100年と日本文学〉 第10回 中島敦(上)

「臆病な自尊心、尊大な羞恥心」

中島敦 ちくま日本文学(筑摩書房刊)

 中島敦(1909〜1942)と言えば、日本の教科書に広く採用されてきた「山月記」がおそらく最も人気の高い作品であろう。朝鮮学校でも高級部3年生の日本語教科書に収録されている。唐代、詩人としての出世を果たせず、発狂して虎と化した主人公李徴。彼の言う「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」とは、誰もが人生の重大な時期や人間関係のなかで突き当たる、自分の弱さや存在価値への不安、あるいは過剰な自意識への苦悩を言い当てる言葉として、多くの人々の心をとらえ続けてきた。

 ところで中島にはもう一つ、植民地時代の朝鮮を舞台にした「虎」の話がある。「虎狩」という作品だ。

 家族と共に植民地朝鮮へと渡り日本人学校へと編入した「私」は、親日派両班の子である朝鮮人の同級生趙大煥と出会う。本題である趙との「虎狩」の冒険譚はなかなか語られず、代わりに趙との思い出話が延々と続く。

 趙は、日本人学校にあって、日本人以上に日本語をよく知る、誇り高く、かつ孤独で弱虫で、皮肉屋の少年だった。その性格が災いし、軍国主義の縮図たる中学校でついに上級生の「制裁」を受ける。「どういうことなんだろうなあ、一体。強いとか、弱いとか、いうことは」と言い残し彼は忽然と失踪する。十数年後、東京で一瞬再会した趙は、唐突に「言葉や概念」の害を説き、再会を喜ぶ「私」の手からすり抜けるように、再び姿を消すのだった。

 管見では、「虎狩」とは中島と朝鮮との関わり方を示す重要な作品だと考えるが、中島はここで、「言葉や概念」、つまり帝国日本の支配を正当化する論理や認識によっては、決して理解も真の交わりもできない他者として朝鮮を認識している。他者に「こちら側」の価値観を押し付けてしまうような関係の危うさ。その自覚の上に、「強い」者と「弱い」者とを固定し続けようとする植民地主義的な関係性を、ついに拒む人物へと変貌した趙を描いて見せたと考えられる。

中島敦全集(筑摩書房刊)

 戦争と支配を肯定し美化する偽の言葉と暴力が、文学を、人間性を、そして他民族を圧殺していた時代だった。「虎狩」で示された「言葉(日本語=支配言語)」への執着と懐疑は、後に繰り返し描かれる、言葉・文学と権力との緊張関係という中島文学に通じている。

 文字の精霊から復讐される「文字禍」、物語の語り部が生贄として喰われてしまう「狐憑」などの作品を、中島は「山月記」とともに「古譚」として一つにまとめて発表したが、思えば虎になった李徴も「詩(=言葉)」に執着しすぎた者だったのであれば、「虎狩」を、植民地朝鮮における具体的な体験に基づいた、「山月記」のネガとして、重ねて読むことも可能なのだ。

 誇り高き弱虫の趙と、李徴の「臆病な自尊心」。出世コースから脱落し異形の世界の住人と化した李徴と、すすんで「日本語」の獲得に執着するも、あらかじめ日本人と同等にはなれぬばかりか圧倒的な腕力ではじかれてしまう趙。

 植民地主義とは、同化と差別を使い分けつつ、宗主国的なアイデンティティーを「真性」なものとして他民族へ押し付け、それへの倒錯した欲望を植えつける装置にほかならない。宗主国的価値をゆるがす朝鮮人の存在と抵抗を消去しようとした日本の植民地支配もまた、「臆病な自尊心」と呼ぶべきものではなかったか。他方で、狂おしいばかりに日本的価値へと同一化したい多くの在日朝鮮人が、「尊大な羞恥心」から朝鮮人を拒み続けている。進路に悩む朝鮮高級学校の3年生たちには、「山月記」の台詞を糧に、朝鮮人としていかに生きるべきかについて、大いに悩んでもらいたい。

 しかし、孤高な虎の姿で人間世界を脅かす李徴の哀しくも美しい咆哮と、独立運動家(?)となって帝国日本のメトロポリス東京に現れ「言葉や概念」を拒む趙のささやきは、まさしく帝国のシステムをゆるがす他者の声だったのだ。中島がそのような認識を自身の内に育てた契機として、植民地朝鮮での原体験があった。中島の朝鮮体験を次回、さらに詳しく見よう。(李英哲・朝鮮大学校外国語学部准教授)

[朝鮮新報 2010.11.22]